2026-07-02

本拾う人の読書録 2025年5月|「本と茶 NABO」スタッフコラム

実店舗「NABO(ネイボ)」で歴史・詩歌の棚などを担当している笠井です。

社内では「本拾う人」として、様々な理由から古紙になってしまう本を次の読み手へと繋げる役割も担っています。

-本屋で働く人はどんな本を読んでいるのか。

読みたい本を、ただ読んでいるだけの記録だけれど、誰かの気になる一冊になるかもしれない。
そんな読書の時間を、ときどき綴っていこうと思います。

※この記事は過去にメールマガジンで配信した内容を、一部再編集のうえ掲載しています。

 


2025年5月 江戸の社会を映し出す「黄表紙」の世界

 

江戸の戯作絵本 1 (ちくま学芸文庫)

 

今年の大河ドラマ『べらぼう』は、板元として喜多川歌麿や東洲斎写楽らを見出し、江戸文化の発展に貢献した蔦屋重三郎の生涯を描く物語である。

ドラマは遊里の吉原を舞台とした「文化パート」と、幕府で権謀術数が繰り広げられる「政治パート」によって構成される。サブタイトルの「蔦重栄華乃夢噺」が示すように、このドラマ自体をひとつの「黄表紙」として捉えることができる。

この「黄表紙」なるものを読んでみようではないかというのが、5月の読書であった。

「黄表紙」とは18世紀後半から19世紀初めのおよそ30年間に出版された絵入りの読み物である。ジャンルとしては人情話や滑稽話、それに敵討ちものなどが挙げられる。

ストーリーには当時の文化や社会風俗が反映されているのだが、風刺や洒落も盛り込まれていることが特徴といえる。ちなみにこの「黄」は表紙の色に由来する。

『江戸の戯作絵本』全3巻には都合49作が収録されているが、そのトップを飾るのが「黄表紙」の嚆矢とされる恋川春町『金々先生栄花夢』(きんきんせんせいえいがのゆめ)である。

この作品以前は「赤本」「黒本」「青本」と呼ばれる昔話などをモチーフにした、子供を対象にした読み物が中心だった。

それが『金々先生栄花夢』は遊里の知識や当時の流行をふんだんに取り入れ、大人向けの物語へと昇華させた時代を画す作品であった。

話のあらすじは以下のようなものだ。

田舎から江戸へ出てきた主人公の金兵衛は立ち寄った茶屋でうたた寝をする。夢の中で彼は富豪の婿となって栄華を極めていくのだが、その夢は覚めてしまい、一生がはかないことを思い知るのであった。

いわゆる「夢オチ」といわれる、現在まで続く形式が取り入れられている。

 

 

蔦屋重三郎 (新潮選書)江戸の反骨メディア王

 

「黄表紙」が出版された30年間は、商業を重視して貨幣経済を浸透させた反面、賄賂の横行を招いた田沼意次の政治から、武道の奨励や風紀の取り締まりを図った松平定信の政治体制へと転換していった時代であった。

こうした政治状況を反映させた作品が『文武二道万石通』(ぶんぶにどうまんごくとうし)である。

源頼朝は家臣の畠山重忠に、武士のうち「武」と「文」のどちらに秀でたものが多いか調査するよう命じる。

重忠は富士山にあるという不老不死の薬を探させることで目的を果たそうとするが、「ぬらくら武士」が多いことが明らかとなる。何とかしてこの「ぬらくら武士」を「武」と「文」に振り分けようと策を打つのだが……。

こうした「黄表紙」の思いもかけない発想やクスッと笑えるストーリーは、現在でも十分に楽しむことができる。

しかし『黄表紙・洒落本の世界』のあとがきで水野稔も記しているように、「きわめて特殊な発想と形態を持つ、一種の知的な遊びの文学」を現代の私たちが十分に理解することは難しい。

また『仮名手本忠臣蔵』や『曽我物語』が下敷きになっている作品も多く、これらの物語が江戸時代の人々にとって教養として定着していたことがうかがい知れると共に、自分の無知を思い知ることにもなるのだった。

こうした知識があれば何倍も「黄表紙」の世界を味わうことができたであろう。

「黄表紙」を堪能しつくすそんな日が来ることを夢見るのであった。

 


 

今回ご紹介した本はライブラリにまとめています。
まだ見ぬ本と出会う一助となれば幸いです。

2025年度読書リスト

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posted by 笠井瑞樹

上田市出身、2020年入社。買取りができなかった本を活用する模索や、本と茶NABOでの選書などを担当。

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