お客さんのニコッが、わたしのニコッ。——こどもほんや | だれかの「ニコッ!」| 開催レポート
2026-07-02
2026-07-02
はじめまして、実店舗「NABO(ネイボ)」で歴史・詩歌の棚などを担当している笠井です。
社内では「本拾う人」として、様々な理由から古紙になってしまう本を次の読み手へと繋げる役割も担っています。
--本屋で働く人はどんな本を読んでいるのか。
読みたい本を、ただ読んでいるだけの記録だけれど、誰かの気になる一冊になるかもしれない。
そんな読書の時間を、ときどき綴っていこうと思います。
※この記事は過去にメールマガジンで配信した内容を、一部再編集のうえ掲載しています。

彼の小説を初めて読んだのはいつだっただろうか。
河出文庫の『十蘭ジュネラスク』に記した読了日を確認すると、およそ4年前のことだった。読了後にはそれなりの感銘を受けた記憶があるが、ほかの作品にあたることはなく月日は過ぎていった。
そんななか春陽堂文庫に『うすゆき抄』と『無惨やな』の2タイトルが加わることを知る。この機会に久生十蘭を集中的に読むことに決めて、新刊をはじめとする本を買い集めた。
久生十蘭は北海道函館の生まれ。この函館は長谷川四郎や佐藤泰志といった私好みの作家たちを輩出した街であり、いつかは訪れたいと思っている。
久生の作風は推理小説や歴史・時代小説から現代小説まで多岐にわたり、「小説の魔術師」とも評される。今回は春陽堂文庫のほかには河出文庫と現代教養文庫などを読んだ。これらは品切れのものも多いが、古本で入手しやすい。
久生十蘭の凄さはなんといってもその結末の迎え方にある。読者は読み進めていくうちに十蘭ワールドという迷宮に迷い込んでいく。そして出口にたどり着いたとき、予想だにしない光景が待ち受けていたことを発見するのである。
短編の中でも強い印象を受けたのが『昆虫図』所収の「予言」だ。主人公の安部はある男から予言を受ける。最後には安部が妻を撃ち殺して自らも自殺を遂げる、というものだった。
安部は意に介さず妻とともに旅立つのであるが、その道中で予言は次々に現実となっていく。彼は最悪の結末を避けようと試みるのであるが、すべては男が安部にかけた催眠術によって見せられた幻想なのであった。
この展開にも唸らされたが、最後の1ページで更なる大どんでん返しが待ち受けており、思わず声が出た。
そして今回読んだ唯一の長編である『魔都』。舞台は昭和9年の東京。密かに入国していた安南国皇帝失踪とその妾の墜落死。新聞記者の古市と警視庁の眞名古は事件の解明に向けて奔走するのだが、魔都・東京では様々な思惑が渦巻いていた。
500ページに及ぶ大作だが、没頭して一気に読み終えた。決して信念を曲げない優秀な刑事である眞名古がある女性との出会いによって正確無比な捜査に支障をきたして迎える結末もまた感慨深い。
今回読んだ作品は多々ある久生十蘭作品のごく一部に過ぎないが、それでも十蘭ワールドの魅力に触れるには十分だった。
これからも折々に読む作家になることだろう。そして夢野久作や小栗虫太郎といった彼と同時代を生きた異端作家にも触手を伸ばすことになるのだろうか。ここに記す日も来るかもしれない。

現在の短歌界を牽引する一人である岡本真帆。デビュー作『水上バス浅草行き』以来、商業出版から自費出版まで彼女の歌と文章を追っている。
数年前までは短歌に触れる機会はほとんどなかった。しかし彼女の歌集を契機として短歌は身近なものになっていった。そうしたなかで、ふと思い出す歌もできた。
例えば暦の上では夏となった最近では次の歌たち。
平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ
わたしはもう、夏の合図を待っている 冬至の長い夜からずっと
(『水上バス浅草行き』『あかるい花束』に収録)
この歌を口ずさんだとき、なんとなく明るい気持ちになる。短歌は日常生活をそっと支える背骨のようなものなのかもしれない。
岡本真帆の最新作である『落雷と祝福』は「好き」なものについて綴ったエッセイと短歌が収められている。
「好き」なものの魅力を伝えることは一筋縄ではいかない。本書の「はじめに」で岡本も「好き」を表現することの難しさを挙げ、「「好き」について考え、書くことは、自分の心の謎の一つを解くようなものかもしれない。」と書いている。
収められたエッセイは彼女が自らの心を明らかにしていく作業の結晶だ。どの文章からも「好き」が伝わってくるのだが、なかでも印象に残ったのが「ぬいぐるみ買わない主義」だ。
ぬいぐるみをずっと愛することができずに捨てる日がくることを恐れて「ぬいぐるみ買わない主義」だったという。しかし徐々にぬいぐるみを買うようになり、メルカリで出会ったピカチュウを迎えるに至る。
クリーニングに送り出した岡本のピカチュウが他のピカチュウ2匹と一緒にいる様子がSNSにアップされる。そこで岡本は「三者三様まったく違う顔つきをして」おり、「それは優しく歳をとった老犬のようにも思えて、大切にかわいがられてきた」ことに気づく。
そして「愛とは、能動的な行為で、しかも覚悟を要することなのだ」と考える。自らが制御不能な「好き」ではダメなのだ。ぬいぐるみに対してここまで真摯に向き合うことができるその姿勢に脱帽。そして信頼できると思った。
最後に本書所収の短歌から3首。今回も好きな歌に出会うことができた。
自分にはこれしかないのしかないを脆いどころか強いと思う
ワンルーム・デイズ だめでもすさんでも見ていなくてもしゃんといる花
金の降る降る旅のピリオドの先でもそばにいてと言えずに
今回ご紹介した本はライブラリにまとめています。
まだ見ぬ本と出会う一助となれば幸いです。
【SHOP INFO】
本と茶 NABO
長野県上田市中央2丁目14-31
[営業時間]
金土日:12:00~18:00
会員限定のニュースレターでは、スタッフのコラムなどの読みものの他に、期間限定キャンペーン情報も配信中。
配信設定はこちら。
posted by 笠井瑞樹
上田市出身、2020年入社。買取りができなかった本を活用する模索や、本と茶NABOでの選書などを担当。
BACK NUMBER