2026-09-29

『NABOの隣人』第3回|ある日のふたり

 

長野県上田市にあるバリューブックスの実店舗NABO(ネイボ)。デンマーク語で「隣人」を意味する名前の通り、このお店には近隣の地域から日々たくさんの人々がやってきます。

このコラムは、スタッフの喜多がそんなNABOに集まる人々のストーリーを拾い上げて紹介する連載企画です。

※この記事は過去にメールマガジンで配信した内容を、一部再編集のうえ掲載しています。


 

カフェのピークタイムも過ぎて、客足もやや落ち着きはじめた店内に、先に入ってきたのはYさんだった。
レジにやってきたYさんは、見知ったメニューをぼんやり眺めている。ちょっと疲れているのかなと私が思っていると、迷った末に彼女はミルクティを注文して、カウンターの席をえらんで座った。

「おつかれですか?」

できあがったミルクティを渡すついでに、さりげなく訊いてみる。

「うん、少し」

そう言うと、彼女はミルクティを口にし、肩の力を少し抜くようにして身体を椅子に預けた。

最近、職場で彼女の役職がかわったのを私も聞き知っていた。以前よりも責任の多い立場になった苦労があるのかもしれないと思ったが、踏み込んで訊くものでもない気がしたので、そのときはそれで会話が途切れた。

次にやってきたのはNさんだった。
店に入ってくるなりYさんを見つけたNさんは「あっ、Yちゃん、こんにちは〜」と元気に声をかけて、彼女の隣の席に座った。
私がNさんの注文したドリンクをつくっていると、二人の会話が聞こえてきた。

「最近どうですか? お仕事、大変じゃない?」

「そうねえ、決めなきゃいけないことが多くてね」

「なにかを決めるのって、疲れますよね。孤独な気持ちにならない?」

「孤独かぁ。いまのNさんみたいに、そうやって私の孤独に思いを馳せてくれる人がまわりにいるから孤独ではないんだと思う。でも、あまり考えてみたことなかったな」

「お待たせしました」

私はタイミングを見計らって、Nさんにドリンクを差し出す。一瞬顔を向けたNさんは「ありがとう!」と返して、再び二人の会話に戻っていく。

Nさんが、ふと思いついたように言う。

「みんな当たり前だと思ってるけど、仕事で50点を出し続けるのって意外と大変なことなんじゃないかなって思うんだよね」。

「50点かぁ。いつでも100点を目指すものだって子供の頃からまっすぐに思い込んじゃってたところがあるかもなあ」

とYさん。

食器を洗いながらこっそり聞き耳を立てる。思い当たる節、あるなあ。私もちいさく、何度も頷いた。

――――――

 

 

「そういえば、こないだ『私たちが光と想うすべて』を観たよ。Yちゃん、インド映画好きだったよね?」

Nさんが今度は映画の話をはじめた。Yさんが働いている映画館で上映している作品の話だ。

「そうなんだ〜。実をいうと私、インド映画でも『バーフバリ』とか『RRR』みたいな派手な映画が好きでさ。歌って踊れるやつ。ミニシアターで働いてるのに?って感じなんだけど」

とYさんは照れながら言う。

「私もまえはそうだったんだけど、最近は『私たちが光と想うすべて』みたいに、結論がはっきりしない映画のほうが好きなんだよねえ。なんか、好みが変わったの」

「なんでだろうね」

「数年前、いろいろあって、もう無理だー!ってなって倒れちゃったんだけど、そこから立ち直ったら、なぜか趣味が変わってて。ドキュメンタリーに近い、現実的な話がおもしろくなった」

「ええっ、そんなことあるんだ。なんか生まれ変わったみたいな話ですね」

こっそり聞き耳を立てていた私もたまらず会話に加わった。

「そう、だから今は世界を感じる力が赤ちゃんみたいなレベルなんですよ。すべてに興味津々!」

そう言ってNさんが笑う。

 

 

——そのあとも話は盛り上がって、気づくと閉店の五分前になっていた。外はすっかり青みを帯びた夕暮れで、大勢いたお客さんも数人を残すだけになっている。

「なんかYちゃんって、お坊さんみたいだよね。傾聴力めっちゃ高くて癒された」

とNさんが席を立つ。

「お坊さんかあ。カウンセラーとか占い師みたいって言われたことはあるけど、新しいのが増えたな。でも私も、話してたら元気が出た気がする」

とYさん。

「またね」と言って、二人それぞれに店を出ていく。ちょっと疲れ気味だったYさんが元気になったようで、私も嬉しかった。

日々いろいろな人がやってくるNABOのカウンター。
ちょっと疲れている人も、元気な人も、いつもと変わらない日常にいる人も、それぞれに本とお茶の時間を過ごしていく。
時々、そうした時間が交差したりしなかったり。そんな光景を横目にみながら、たまには耳を傾けたり、ときには自分もその中に入ってみたりして。
NABOという店で働くのは、なかなか楽しい。

 

〈本と映画のご紹介〉

Yさんオススメ映画
『RRR』
超絶アクションの連続にテンションぶち上がり、アカデミー賞歌曲賞を受賞した『Naatu Naatu(ナートゥ・ナートゥ)』は、歌って踊りたくなること間違いなし!主人公たちのすれ違う運命とそれを超えていく友情は、涙なしでは観られません。公開当時、Yさんの働いている映画館でもロングラン上映に。

Nさんオススメ本
川上未映子著『深く、しっかり息をして 川上未映子エッセイ集』
女性としての視点、子育てや日常の疑問が、温かく語りかけるかたちで記されているエッセイ。
人生背景もふだんの生活や仕事もまるで違うだれかの言葉が、ふいに心に寄り添ってくれる。そんなやさしさを感じるこの本は、“会話と癒し”にも通じるところがある気がします。

会話に登場した映画
『私たちが光と想うすべて』
インド、ムンバイという大都会。主人公の三人の女性はそれぞれ、家父長的慣習に基づく家庭に属さず、逞しく生きているけれど、社会との軋轢とも隣り合わせ。次第に壁が迫ってきて——。後半の海辺の村へと舞台が転回するさまはとても清々しく、希望を感じる。まさに“光”を感じます。(喜多)

【SHOP INFO】
本と茶 NABO
長野県上田市中央2丁目14-31
[営業時間]
金土日:12:00~18:00
Instagram:@nabo_valuebooks

 


 

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posted by 喜多 抄

バリューブックスの実店舗「本と茶NABO」運営スタッフ。カフェメニューに「日曜日のバナナケーキ」などグルテンフリーのお菓子を考案。

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