2026-09-29

『NABOの隣人』第2回|ゼンマイを摘む男性

 

長野県上田市にあるバリューブックスの実店舗「NABO(ネイボ)」。その店名はデンマーク語で“隣人”という意味で、その名の通り、NABOには多くの常連さんがやってきます。
『NABOの隣人』は、そんな人々のストーリーをほんの少し掬いあげるメールマガジン。店舗スタッフの喜多が担当します。

※この記事は過去にメールマガジンで配信した内容を、一部再編集のうえ掲載しています。


 

本屋であり、カフェでもあるNABOには、いろんなお客さんがやってくる。お茶には目もくれず、書棚を隅々まで見ていく人。本には目もくれず、お茶とお菓子でおしゃべりに花を咲かせるお友達同士やカップル。そして、座席に腰を据え、お茶を片手に一人で何時間も本を読んでいくお客さん。

そして、中にはこんなお客さんも。

「こんなにたくさん生えてるじゃん。これ、持ってっていい?」

店の入り口、アプローチの傍らには、パラソル席がならぶ小さな庭がある。春先、常連の初老の男性の指さすところを見ると、渦をくるくる巻いたゼンマイが、ニョキニョキと十本くらい生えていた。いいですよと言うと、一本ずつ手折ってポリ袋に入れていく。

「茹でて、醤油とマヨ。これがいちばん旨いんだ」

 

男性がゼンマイを摘んでいったNABOの庭

 

彼もまた、NABOに足繁くやってくるお客さんの一人だ。
大抵、ほしいと思った本を探して来店する。求めているのは、テレビやラジオで知った本や、新聞に掲載された本で、書名を鉛筆で書いた小さな紙きれをいつも持ってくる。小説、エッセイ、漫画、旅行、と本の趣味は多岐にわたる。

「この本、探してくれない? 篠田桃紅っていう人」

渡されたメモには『これでおしまい』という書名があった。
美術家・版画家・エッセイストである篠田桃紅(とうこう)。この作家のエッセイで前から気になっていた本が一冊、私にはあった。

『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』。NABOの裏方業務で行くバリューブックスの倉庫で、何度となく目にしていた本だった。検索してみるとこの本は45万部を超えるベストセラーとあるから、なるほど古本流通量も多いはずだ。男性の注文をきっかけに、読んでみることにした。

 


篠田桃紅『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』幻冬社

 

読み始めてすぐ、漢字の「人」という字のエピソードがあった。人は一人で生きられずお互いに支え合って生きるものだから、二本の線が支えあう形になっているとよく言われる。けれど本書は、その言説に疑問を投げる。


古来の甲骨文字を見ますと、「人」という字は、一人で立っています。
(中略)横向きになって、両手を前に出して、なにかを始めようとしているように見えます。あるいは、手を差し出して、人を助けようとしているのかもしれません。
いずれにせよ、二本の線が支え合わないと成り立たない「人」とは違い、相手への過度な依存はしていません。

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「これ、読まない? 里帰りだよ」

入店するなり本を差し出されたこともあった。久住昌之・久住卓也兄弟のユニット、Q.B.B.によるマンガ『古本屋台』。本の裏を見ると、NABOの値札が貼ってある。ここで以前買っていったもののようだ。なるほど、本の里帰り……。

 

Q.B.B.『古本屋台』集英社

 

貸してくれるというので、持ってかえって読んでみた。書店員といえども、いや、書店員だからこそ、ふだん目にする本が多い分だけ、読みたいと内心思いつつ読めていない本がたくさんある。

 

「一杯飲むんだろ?」

 

「古本」と書かれた赤提灯をぶら下げた、おでん屋台のような台車を街角に寄せて、古本屋を開く男性と、それを取り巻く人々の物語。
屋台にはけっこうな良書が揃っているらしく、『ライ麦畑でつかまえて』から『いやいやえん』まで、実在の本がたくさん登場する。
飲み物は、さつま白波という芋焼酎が一杯100円。ただし客はひと晩に一杯しか注文することを許されない。4コマ漫画ならぬ、見開き2ページ漫画。

 

「おじさん、おかわりもらえる?」
「ダメ。うちは飲み屋じゃねえから」

 

一日の終わり、勤務後の疲労と充足感に包まれ、どっかとソファに腰を下ろしてページを開けば、脱力タッチの絵にほろ酔い気分。ストーリーがどんどん展開していくそのリズムも心地よい。

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翌週、里帰り本がもう一冊やってきた。海外でも評価の高い漫画家、谷口ジローによる『歩くひと 完全版』。

 

谷口ジロー『歩くひと 完全版』小学館

 

驚くほどセリフは少ない。ひたすら歩く、歩く、歩く。

主人公は、一見温和そうな中年男性。一人きりになると急に破天荒な行動に出る彼と一緒になって、読者は街をゆき、景色は流れてゆく。緻密に描かれたコマの端々には、慕情というか旅情というか、容易には言葉に置き換えることのできない空気が漂う。
私たちが慌ただしい日常を過ごすうちにとりこぼさざるを得なかった思いや、世界の質感に、この手で触れているかのような心持ちになってくる。

そんなこんなで、私の家の本棚には、その男性から借りた本の一角が形成されつつある。

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「また本探してほしいんだけどさあ」

男性に紙切れを手渡される。鉛筆書きのメモには、和田登『想い出のアン 青い目の星座』。
インターネットで検索してみると、この本は映画のノベライズ本のようだ。あらすじを調べてみる。
第二次世界大戦の少し前、日本の田舎町の療養所に、カナダ人の医師とその一家が赴任してくる。地元に住む主人公の少年は、一家の娘であるアンと親しくなるが、そんな幸せな日々に戦争が影を落としはじめ——
物語の舞台となった療養所は、長野県小布施町にあるとされる。

「この病院、奥さんが最後に入院した病院なのよ。僕の奥さん。それで読んでみようと思ったわけ」

何週間かして、男性はこの続編も注文していった。『舞台再訪 映画想い出のアン』は、『想い出のアン』の和田登が、軽井沢や小布施などの物語の舞台を訪ねて戦争の傷跡をルポした内容。

けれど、この本は絶版になっており、男性に渡すことはできなかった。

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「ここでもらったゼンマイ、美味しかったよ」

そう言って男性は、ある日、重そうなビニール袋を差しだした。

「ゼンマイとフキ、隣の家のを刈ってあげたら沢山くれたから、あんたにもあげる」

大きなレジ袋の口からは、翡翠色をしたフキがぴょんぴょん顔を覗かせていた。

 

【SHOP INFO】
本と茶 NABO
長野県上田市中央2丁目14-31
[営業時間]
金土日:12:00~18:00

 

 


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posted by 喜多 抄

バリューブックスの実店舗「本と茶NABO」運営スタッフ。カフェメニューに「日曜日のバナナケーキ」などグルテンフリーのお菓子を考案。

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