いまなぜルビなのか。ルビ財団松本大に聞く、ルビ盛り上がりの兆し
2025-09-22
2025-09-19
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最近、どんな小説を読みましたか?なんだかどの小説も同じように見えてしまう。ページをめくっても、心が動かない。そんなときに、この一冊。中井英夫の『虚無への供物』です。
あの三島由紀夫が、読後すぐに中井英夫を訪ね、本人が留守と知るや旅先まで追いかけて感想を伝えた…そんな伝説級のエピソードまで残っている、ちょっとすごい小説で、夢野久作『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』とともに日本三大奇書なんて呼ばれています。
中井英夫は、江戸川乱歩や横溝正史の系譜にありながら、その枠を越えて独自の世界を築いた作家です。謎を解くことよりも「解けない謎」そのものの魅力を味わわせるような幻想的で美しい作風と知的で鋭い文体が特徴です。その影響は、有栖川有栖、恩田陸、三浦しをんなど、多くの現代作家に受け継がれています。
物語の舞台は1954年、戦後の混乱がようやく落ち着き始めたころ。北海道で起きた洞爺丸事故で両親を失った氷沼蒼司・紅司兄弟と従弟の藍司。彼らが暮らす氷沼家には代々の当主に祟りがあるという噂が流れ、不穏な出来事が相次ぎます。女流シャンソン歌手の奈々村久生は持ち前の探偵趣味を発揮し、近い将来に起こり得る「氷沼家殺人事件」を未然に察知しようと提案します。参加メンバーは、久生、藍司、久生の友人・光田亜利夫、氷沼家の後見人の藤木田。四人の素人探偵が、探偵小説・怪奇小説・植物学・不動信仰など、それぞれの根拠に立ち、推理を展開していきます。
読者は謎解きの奇抜さと抜群のストーリーテリングに推理小説としての醍醐味を存分に味わいつつ、上下800ページを超える長大な物語を読み進めるうち、いつしか現実と幻想のあいだを漂うような、マジックリアリズム的なめまいに包まれます。また、過去の推理小説へのオマージュやアイヌ奇譚、『不思議の国のアリス』をはじめ数々の趣向が施され、本好きならニヤリとせずにはいられません。そして物語の終盤、謎が解かれ犯人が明らかになった後に、読者は『虚無への供物』というタイトルの意味と、作者が本当に投げかけたかった問いに直面します。その衝撃は深く、読み終えた瞬間、思わず最初から読み返したくなる…そんな中毒性をもった一冊です。
ちょっと違う読書をしたい。別の世界に没入したい。そんな秋の夜には、『虚無への供物』をぜひ。
虚無への供物 新装版 上 (講談社文庫)
著者:中井英夫 / 出版社:講談社
虚無への供物 新装版 下 (講談社文庫)
著者:中井英夫 / 出版社:講談社
posted by 生江 秀
京都を拠点に古本の卸や選書、本のある空間づくりなどを担当しています。現在、NUMABOOKSに出向中。バリューブックスとゆかりのある本屋B&Bの運営にも携わっています。いま一番聴いている音楽は柴田聡子『Your Favorite Things』です。
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