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2024-01-24

【インタビュー】“チョコレートのエコシステムを作りたい”。生産者から消費者まで、すべての人に幸福を届ける、Minimalのものづくり

 

カカオ豆から板チョコレートができるまでの全工程を、自社で一貫管理して製造する「Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)」にこだわるチョコレート専門店「Minimal – Bean to Bar Chocolate – (ミニマル)」。ひとつひとつ職人の手によって作られるチョコレートは、「カカオと砂糖」というたった2つの材料で、豊かなフレーバーを表現しています。

「チョコレート屋」と「本屋」。一見すると何のつながりもないように思えますが、ものづくりを通して社会問題に向き合う姿勢は、本の循環を通して社会を良くしようと働くバリューブックスと、どこか似た価値観を持っていることに気がつきました。

 

 

毎年恒例の福袋キャンペーン「恩返しのお年賀ギフト」では、バリューブックスとご縁のある企業が参加してくれていますが、いちファンとして「Minimal」にお声がけしたところご快諾いただき、今回のキャンペーンが実現しました。

改めて「Minimal」というブランドが生まれた背景や、人気のチョコレートの秘密に迫るべく、代表の山下貴嗣さんにお話をうかがいました。

 

たった2つの材料で作る、新体験のチョコレート

 

—— 今年ちょうど10周年になる「Minimal」ですが、山下さんとクラフトチョコレートとの出会いを教えてください。

 

山下さん:

もともと東京でサラリーマンをやっていて、出張で1年弱ほどニューヨークへ滞在する機会があったんです。2010年当時は、ブルックリンを中心にサードウェーブコーヒーが流行っていて、そこで初めて飲んだスペシャルティコーヒーに感動しました。おいしいだけでなく、その背景にある産地や作り手の気配までが、目に浮かぶような体験でした。その延長で出会ったのが、手作りでチョコレートを作る「Mast Brothers」です。ただ、その時はまだ「お洒落なパッケージのチョコ」くらいの認識でした。

 

 

—— チョコレートよりも、コーヒーの方にのめり込んでいったんですね。そこからどういった経緯で、クラフトチョコレートの価値観が変わっていったのでしょう?

 

山下さん:

仕事を辞め、次はなにをしようかと考えていた頃、コーヒーを目当てに中目黒にあるカフェに通っていました。そこで、店主がイタリアで修行時代に作っていたというチョコレートを出してくれたんです。カカオと砂糖だけで作ったというそれは、見た目は普通のチョコレートなのにオレンジのような味わいで、今まで食べたことのないおいしさに衝撃を受けました。スペシャルティコーヒーのように、生産地ごとの素材を生かしたチョコレートを、日本で広められたらきっと面白いと思ったんです。

 

 

—— 日本で改めて出会ったクラフトチョコレートが、山下さんの感性を刺激したんですね。

 

山下さん:

はい。実はその時の店主が、創業メンバーの一人であり、現在エンジニアリングディレクターの朝日という人物です。日本でかなり初期にクラフトチョコレートを作り始めた一人だと思います。彼の作るチョコレートと出会ってすぐ、僕はアメリカ、中南米、ヨーロッパの“Bean to Bar”のブランド創業者や、カカオ生産者を調べて足を運び、帰国してから4ヵ月後の2014年12月に朝日を含む3人のメンバーと共にMinimalを立ち上げました。

 

(写真提供:Minimal)

 

カカオの個性をそのまま味わう、「引き算」のチョコレート

 

——クラフトチョコレートの作り手たちがこだわる“Bean to Bar”は、普通のチョコレートと比べてどうちがうんでしょうか?

 

山下さん:

一般的なチョコレートの製造は、安価な金額で提供するため、「原産地」「一次加工メーカー」「製菓メーカー」とそれぞれの役割が分けられ、大量生産されています。一方で、“Bean to Bar”は、カカオ豆から板チョコレートができるまでの全工程を自社で一貫管理して製造しています。だから、仕入れたカカオの素材を活かした個性豊かなチョコレートを作ることができます。僕たちはこの製法を使って、カカオを刺し身で提供したいと思ってるんです

 

——カカオを、刺し身で・・・?

 

山下さん:

刺身っていちばん新鮮な状態ですよね。一般的なチョコレートは豆をなめらかになるまですり潰すことで、口溶けの良いまろやかな風味を表現しています。Minimalのチョコレートは、粗挽きでザクザクとした食感を残し、カカオ本来の酸味や苦味の香りも引き立つのが特徴です。カカオを刺し身で出すというのは、豆に対してなるべくストレスをかけずに、素材そのままの個性や風味を届けたいということなんです。

 

——あのザクザクという特徴的な食感は、素材の風味を楽しんでもらうところから生まれたんですね!今回初めて、食べ比べセットを試してみて、産地ごとに全く異なるフレーバーにびっくりしました。どのチョコも使っているのは「カカオと砂糖」の2つだけなのに。

 

(写真提供:Minimal)

 

山下さん:

そうなんです。全く同じ配合でも、生産地や焙煎の火の入れ具合、豆の挽き方が違えば、食べた瞬間の感じ方が変わってきます。今までのチョコレートが、味や香りを「足し算」で加えていくものならば、Minimalは、チョコレートを「引き算」の発想で考えて、素材であるカカオ豆を最大限表現する事で、チョコレートを再解釈しています。

 

 

——食べ比べることで、産地や製法から、自分の好みを知れるのも新しい体験ですよね。

 

山下さん:

まさにその通りで、素材の違いを楽しんでもらいたいから、果実のような酸味や爽やかな風味のものから、ナッツのような甘くコク深い風味のものまで、あえて極端で誰もが違いをわかりやすいようなフレーバーを展開しています。

 

 

——Minimalといえば板チョコのイメージが強いですが、他にもさまざまな業態で店舗展開されていますよね。

 

山下さん:

「一店舗一業態」という形で現在4店舗あります。板チョコレートを専門としているのは、実は富ヶ谷本店だけで、あとはそれぞれパティスリー、ガトーショコラ専門店、そして、コースで提供する体験型チョコレート専門店です。

 

——看板商品である板チョコの専門店だけ他店舗展開しても良さそうですが、あえて業態を変えるのはなぜでしょう?

 

山下さん:

いちばんはお客様に新しくて楽しい体験を届けたいから。チョコレートという主軸を元にいろんな表現を提供できる方が、回遊した時に楽しめますよね。すべて都内で店舗を構えるのも同じ理由からです。

 

生産者から消費者まで、幸福が循環する「エコシステム」

 

——カカオ豆の調達には、現地へ直接出向いて仕入れているそうですが、お付き合いのある生産者さんはどのように選ばれているんですか?

 

山下さん:

天候の良さや土地の力もありますが、結局は人との出会いですね。どんな豆にも個性があって、最終的にどんなチョコレートができるかは、作ってみないとわからない。継続して気持ちよく取引ができる生産者と関係性をつくりながら、フェアトレード以上の価格で豆を買い取っています。平均で市場価格の約3倍ですね。それを決まった生産者から毎年1キロでも多く買うようにしています。

 

——市場価格の約3倍!そこからさらに、ひとつひとつ手作りしているわけですから、板チョコが1枚1000円という値段も納得です。

 

山下さん:

僕たちみたいな、クラフトチョコレートがいきなり安価なお菓子や、高級ショコラに取って代わることはできないけど、ひとつの選択肢として提示することで、手に取る人の割合が全体の1%、2%でも増えていければと思っています。僕たちは「チョコレートのエコシステム」を作りたいんです。

 

(写真提供:Minimal)

 

——バリューブックスも「本のエコシステム」を目指していますが、チョコレートのエコシステムとは、どのようなものでしょうか?

 

山下さん:

カカオ農家の貧困は社会問題になっていて、カカオの需要も伸びているのに、市場価格は30年でほとんど変わっていません。

僕たちは農家が質の高いカカオ豆を作ってくれれば、高価格で買い取ります。そうすると、農家の生活が向上したり、自分のカカオ豆への誇りが醸成される。Minimalは個性豊かなカカオ豆から、おいしいチョコレートを作り、お客様に届けます。新しいチョコレートの体験に満足いただければ対価をいただき、そこから得た利益で、僕たちはまた1キロでも多く良質なカカオ豆を買うことができる。

この循環を「三方良しのエコシステム」と呼んでいます。ポイントは僕らがズルをしないこと。一生懸命、誠実にやっていれば、ちゃんと回る仕組みだと思っています。

 

——ズルをしないこと。

 

山下さん:

はい、ものづくりへの努力を怠ったり、自分たちだけが得をするように働いてしまうと、やはり続かないです。逆にいえば、ズルをしない限りは、誰も傷つかず、損をしない仕組みだと思います。

 

——生産者から消費者まで、すべての人に幸福を届けるのがMinimalのものづくりなんですね。

 

山下さん:

Minimalでは「チョコレートを新しくする」というミッションを掲げていますが、より良いチョコレートの世界が実現するには100年くらいかかると思います。自分が生きているうちに叶わなくとも、Minimalのものづくりの考え方や美意識が、後世に受け継がれていくことを願っています。

だから、今はまずは続けること。今は未来に向かって、一枚一枚のチョコレートを真摯につくっていきたいと思います。

 

(写真提供:Minimal)

 

撮影:篠原幸宏

posted by 北村 有沙

石川県生まれ。上京後、雑誌の編集者として働く。取材をきっかけにバリューブックスに興味を持ち、気づけば上田へ。旅、食、暮らしにまつわるあれこれを考えるのが好きです。趣味はお酒とラジオ。

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