バリューブックスとB Corpをもっと身近に──社内交流会を開催しました。
2025-03-31
2025-07-15
バリューブックスは2024年10月、念願のB Corp認証を取得し、B Corpの一員となりました。
B Corp認証とは、社会や環境に配慮しながら持続可能な経営を行う企業に与えられる国際的な認証のこと。世界では現在、104カ国で約9900社以上が取得しています。
この連載では、社会や環境のことを考えながら、じっくり、誠実に、仕事をしているB Corpの仲間たちを訪ねて、一緒にこれからの働き方やものづくりについて考えます。
第二回となる今回訪れたのは東京・原宿にも実店舗を構える、ロサンゼルス発のシューケアブランド「ジェイソンマーク」。家族との休暇も兼ねて来日していた創業者のジェイソン・マーク・アンガスさんにお話を伺いました。
靴をきれいにすることは、自分や誰かを大切にすることにつながっている――。自然を愛し、セルフケアを大切にするジェイソンさんの生き方そのものが、プロダクトやブランドの姿勢に表れているようです。
聞き手は、バリューブックス代表であり、日本におけるB Corpムーブメントを推進する「B Market Builder Japan」の共同代表でもある鳥居希が務めます。
鳥居:
今日はお時間ありがとうございます。まず、ジェイソンさんがこのブランドを立ち上げるに至った背景を教えていただけますか?
ジェイソン:
僕がこのブランドを始めたきっかけは、自分自身が安心して使える靴用クリーナーがなかったから。市販されているものは化学成分が強くて、靴にも、自分の体にも優しくないように感じていました。
だったら、スニーカーを愛する人たちが、もっと気持ちよく使える製品を自分で作ってみようと決めました。
鳥居:
たしかに、靴を長く大切に履くためにも、安心して使えるクリーナーがあると嬉しいですよね。どんなふうに最初の一歩を踏み出したのでしょうか?
ジェイソン:
両親の家に親族を集めて、「安全で信頼できる靴用クリーナーをつくりたい」というアイデアをプレゼンしたんです。その結果、合計で2万5,000ドルが集まりました。正直、どうなるかはまったくわからなかった。でも家族が信じてくれた。そのことが本当に大きな意味を持ちました。
鳥居:
創業後は、ご家族も製品づくりに関わっていたんですよね。
ジェイソン:
そうなんです。最初のロットはすべて家族の手作業で。父はソファでレイカーズの試合を観ながら箱を組み立ててくれて、姉のガレージでは皆でラベル貼りやボトル詰めをしました。当時の彼女(今の妻)もオンライン注文の処理や梱包を手伝ってくれて。今振り返ると、あの時間こそが「ケア」のはじまりだったのかもしれません。
鳥居:
すごく素敵なエピソードですね。実は、ジェイソンマークとバリューブックスは、偶然にも同じ2007年に創業しているんです。ジェイソンマークは家族とともに手作業ではじめ、バリューブックスも創業者が友人たちと自宅から本の発送をするところからスタートしました。そういうところにも、何か通じるものを感じて、うれしくなりました。
ジェイソン:
私たちの創業時のミッションは「世界で最も信頼されるスニーカークリーナーになること」でした。家庭でも安心して使えるように、そしてスニーカーヘッズ(スニーカー好きの人たち)にも「この製品なら大切な靴を傷めない」と信じてもらえるように心がけました。
鳥居:
実際に使ってみて、そのこだわりが伝わってきました。手軽にしっかり汚れが落ちるのに、成分や香り、仕上がりの手触りまで、細部にまで意図を感じます。
ジェイソンマークの製品を体験するワークショップの様子
ジェイソン:
ありがとうございます。製品の使い心地には、泡立ちや清潔感のある香りにもこだわっていて、「使って気分がよくなるもの」を意識しています。
鳥居:
靴のケアをしながら気分がよくなるのは初めての体験でした!
ジェイソン:
最初のクリーナーは、ココナッツ由来の成分でできていて、家庭内で子どもが使っても安心なものを目指しました。僕自身が安心して使えるものをつくりたかったからです。
素材を痛めず、それでいてしっかりと汚れが落ちるという点を、何度もテストして改良を重ねてきました。今では、EPA(米国環境保護庁) セイファーチョイス認定や、USDA(米国農務省)認定バイオベースなど、信頼性のある外部認証も取得しています。
「ナチュラル」というだけではなく、本当に安全であることを裏付けることもケアの一環だと思っています。
鳥居:
成分や効果だけでなく、「誰がどこでどう使うか」まで考えられているのが伝わってきますね。
ジェイソン:
以前までは自分の直感で製品をつくってきました。でも、ブランドが大きくなってきた今、ちゃんと“消費者の声”に耳を傾けることが必要だと感じています。
泡の出方や香り、カウンターに置いたときの見た目——そういう“使う体験”すべてが大事だと思っていて、いつもお客さんの家の中での情景を思い浮かべながらデザインしているんです。またボトルのカラーはジェンダーニュートラルなイメージから、バイオレットを選んでいます。
左から、手軽に試せる泡タイプの洗剤「Ready-To-Use Foam Cleaner(Quick Clean Kit)」、靴や帽子に使える消臭スプレー「Refresh Spray」、環境に優しい撥水スプレー「Repel PFAS-Free」、デリケート素材に適した豚毛のブラシ「Delicates Cleaning Brush(Quick Clean Kit)」
ジェイソン:
2014年にロサンゼルスの店舗をオープンしたのは、製品だけでは伝えきれない価値を、空間として届けたいという想いからでした。
鳥居:
どのような方達が店舗を利用してくれていますか?
ジェイソン:
スニーカー好きの方はもちろん、近くに住んでいる方が、散歩の途中でふらっと立ち寄ってくれることも多いです。カフェで一息つくような感覚で、自分の靴をケアしに来てくれる。そんな、暮らしの中に“整える時間”が自然に組み込まれているのがうれしいですね。
鳥居:
2022年には、ここ原宿に「Jason Markk Tokyo Flagship Store」がオープンしていますが、なぜ日本に出店しようと思ったのでしょうか?
ジェイソン:
もともと日本のカルチャーや美意識には強く惹かれていたんです。ものを大切に使う習慣や、細部へのこだわり、セルフケアの文化も含めて、ジェイソンマークの価値観と深く響き合うと感じていました。
鳥居:
日本のカルチャーに共感してもらえてうれしいです。
ジェイソン:
この場所はもともと理髪店で、見た瞬間に「ここだ」って思ったんです。大通りから少し外れていて、まるで“都会にひらかれた裏庭”のようなイメージを持ったのを覚えています。
鳥居:
植物を取り入れた空間づくりも、裏庭のイメージにぴったりですね。
ジェイソン:
東京店では、東京でよく見られる小さなタイルを取り入れ、ステンレス製のカウンターを採用しました。この白い壁は、パンデミックの間に閉店したロンドンの店舗から再利用されたものなんです。
ジェイソン:
すべてのジェイソンマーク店舗に共通する要素として、植物や自然光を活かした空気感も欠かせません。原宿店は決して広くはないけれど、僕にとっては「最高のデザイン」だと感じています。
鳥居:
店舗のある街では、清掃活動もされているのだとか。
ジェイソン:
はい、毎月第3日曜日に「Morning of Care」を開催しています。「店の前だけでなく、街全体をきれいにしたい」という想いから始まったこの取り組みは、今では地域の方々を含め15名以上が参加してくれています。少しずつ「共に街をケアする仲間」が増えてきてうれしいです。
鳥居:
ジェイソンさんにとって、「ケア」とはどういう意味を持っていますか?
ジェイソン:
僕は、自分の名前がブランドになっている以上、それを日々のふるまいや選択の中で誠実に示していく責任があると感じています。製品やブランドについて語るなら、自分自身が日々それを実践していないと説得力がない。
「ケア」というのは、信頼と安全性。それは製品だけじゃなくて、暮らしや人間関係、そして自分自身を整えることにも通じているんです。
鳥居:
自分自身を整える。
ジェイソン:
たとえば、髪を切ったときのスッキリして、気分が前向きになる感覚と似ていて、車を洗ったときなんかも、窓ガラスがきれいになるだけで、運転中の自分に自信が出てくるんです。
鳥居:
わかります。些細なことだけど、自分を取り戻せるような感覚がありますよね。
ジェイソン:
そうなんです。僕はキャンプが好きなんですが、キャンプの前には必ずジープを掃除します。目的地で映えるためじゃなくて、その道中を快適に過ごしたいから。清潔で整った空間があると、心も落ち着くんですよね。
「完璧さ」じゃなくて、うーん、なんというか、、、。
鳥居:
Serenity(静けさ)?
ジェイソン:
そう!Serenity!それが僕にとってのセルフケアなんです。
鳥居:
単にきれいにするというより、心の状態に関わっているんですね。自然の中で過ごす時間も、整える行為のひとつなんでしょうか?
ジェイソン:
はい。自然は、僕にとって“リセット”の場所です。
たくさんのことに追われている日々の中で、自分を立て直すには、自然に身を委ねる時間が必要だと感じています。公園を散歩するとか、髪を切るとか、それも立派なセルフケアだけど、僕にとっては山や森に入ることが何よりの癒しなんです。
ジェイソン:
実はジェイソンマークを始めた時、ここまで大きくなるなんて思っていませんでした。大きな会社で働くのは向いていなかったから、自分の好きな世界でスタートした小さなビジネスでした。でも僕たちが提供する製品は、本当はもっと多くの人に役立てるものだと気づきました。
鳥居:
スニーカーを愛する人は世界中にいますからね。
ジェイソン:
そうですね。だけど、ビジネス効率をあげるために「とにかくたくさん売れればいい」「少しくらい安全性を無視してても気にしない」なんて考え方では、僕は心地よく生きられないんです。
鳥居:
信念を曲げてまでビジネスを大きくする必要はないと。
ジェイソン:
はい。実はこの数年、会社が急成長をし始めたことで、完全にキャパシティを超えていました。「どうすればこれまでのスタイルを崩さず、責任あるかたちで会社を成長させられるか?」ということをより深く考えるようになりました。
鳥居:
そこにB Corpの価値観が加わってくるんですね。
ジェイソン:
そうですね。最初にB Corpの活動を知ったとき、僕はすでにブランドをスタートさせていましたが、その考え方にはとても衝撃を受けました。 特にアメリカでは、「ビジネス」や「資本主義」と「社会や環境にとって良いこと」は、対立する概念として捉えられがちだったので、両立できる可能性に魅力を感じました。
だけど、当時は「自分たちには難しいかもしれない」と思っていました。製品づくりには誇りを持っていましたが、「企業としての在り方」まで問われることに、自分たちがそこまで対応できるのか不安もあったんです。
鳥居:
会社の成長にあわせて、その思いも変わっていったと。
ジェイソン:
はい、会社が大きくなるほど「自分たちが何のためにビジネスをしているのか」を、より明確にしていく必要性を感じるようになったんです。組織の体制が整ったタイミングから2年かけて準備を進め、2023年にB Corp認証を取得しました。
鳥居:
2年の間にどんな準備が必要だったんですか?
ジェイソン:
会社のガバナンス、従来の福利厚生まで、すべてを見直しました。製品では先ほども伝えたような複数の第三者認証を取得しただけでなく、パッケージもかなり変えました。
プラスチックの使用量を削減し、FSC認証(持続可能な森林由来)の紙素材へ移行。さらにインクは植物由来を使用したり、装飾効果の「スポットUV加工」も環境に配慮して廃止しました。
鳥居:
そこまで徹底されているのはすごいですね。
ジェイソン:
見た目の美しさよりも、「本当に持続可能なパッケージにすること」が大切だと判断しました。
鳥居:
詰め替え製品も展開していますよね。
ジェイソン:
はい、2019年からクリーナーの詰め替え製品(リフィル)を導入していて、今年からさらにその選択肢を増やしました。
僕たちは、2026年末までに「使い捨てパッケージの完全撤廃」を目指しています。
鳥居:
それはすごい!ユーザーにとってもさらに使いやすいものになっていきそうですね。
ジェイソン:
B Corpの価値観に出会ってからは、社内文化も少しずつ変わってきました。たとえば、会社の財務状況をすべて社員と共有するようになったんです。売上やコスト、投資など、すべてオープンに。最初は不安もありましたが、社員の信頼を得るには、それがいちばんだと気づきました。
鳥居:
まさに、「透明性」ですね。バリューブックスでも全社共有はとくに意識している部分です。
ジェイソン:
「模範を示す(Lead by Example)」という姿勢が、今の僕たちにはとても大事なんです。
鳥居:
実は私たちもB Corpの準備を始めてから取得するまでに、約8年かかりました。
ジェイソン:
達成するのは簡単なことじゃないですよね。でも、僕がB Corpを評価しているのは、それが「進化するフレームワーク」だからなんです。
一度合格すれば終わり、あるいはお金を払えばステータスが得られる、というものではない。
むしろ、挑戦し続ける姿勢が求められる。そしてその挑戦が、私たちのような企業のミッションや目的をさらに深めてくれるんです。ただ「金持ちになる」ことじゃない。次の世代に良い影響を残すことこそが、本当に意味のあることなんです。
鳥居:
B Corpは、資本主義に対して“対立するもの”ではなく、よりよい資本主義の形を提示していますよね。
ジェイソン:
まさに!僕もそこがとても魅力的だと思いました。「誰かがこの仕組みをちゃんと作ったんだ」と知ったとき、本当に感動しました。「自分もその一員になりたい」って、心から思ったんです。
鳥居:
最後に、日本の読者のみなさんへ、何か伝えたいメッセージはありますか?
ジェイソン:
そうですね……ひとつ挙げるとしたら、「消費のあり方を少し変えてみませんか?」ということです。
数年前、グローバル・ファッション・サミットで「サステナブル・ワードローブ」について話す機会をいただきました。そこで「1年間に購入する衣服は5着までに抑えるべきだ」という研究を紹介され、正直かなり驚きました。でもその研究者と話す中で、「だからこそ“本当にいいもの”を選べる」と気づかされたんです。
鳥居:
「買わないこと」じゃなくて、「選ぶこと」なんですね。
ジェイソン:
そうなんです。数を減らすことで、質に目を向けられるようになる。そして、良いものを選んだら、あとは“ケア”をする。手入れをすることで、ものの寿命が延びるだけでなく、持ち主との関係性にも変化が生まれるんです。
たとえば革靴は、履き込むうちにクセや光沢が出てくるし、バッグや財布も手に馴染んでいく。そうやって時間をかけて育てていくと、自分だけのものになるんですよね。
「これは大切にしてきた」という気持ちが、さらにケアへの意識を育ててくれるんです。
鳥居:
すごく共感します。私たちの扱う古本も、誰かに大切に読まれてきたからこそ、次の人へと手渡されるんです。ものに対して、そんな風に“手をかける文化”が広がっていくといいなと思います。
ジェイソン:
僕は、そういう価値観が自然と広がっていく未来を信じたいし、その一歩として、「本物を選び、ケアすることで、ものとの関係性を深める」ことを提案していきたいです。
東京店にて。ジェイソンマークのチームメンバーたち
ケアを通じて、ものとの関係性を育てていく——。
今回、実際にジェイソンマークの製品で靴をケアしてみて、心まで整っていく感覚がありました。身近なモノと丁寧に向き合うことで、自分の内側にも静けさやゆとりが生まれるのでしょう。
ジェイソンさんはこのインタビューでも、言葉を丁寧に選びながら、大切なメッセージを思いやりをもって伝えてくれていると感じました。特に「Serenity(静けさ)」という言葉は、「ケア」と同じく、インタビュー後のイベントでも大事なメッセージとして共有されていました。
そして本を読むこともまた、ケアのひとつ。孤独な時間に寄り添い、心を整え、世界を広げるきっかけになる。そんな力が、本にはあると信じています。
ただ消費するのではなく、本がめぐり、人とつながる社会を育てていくことは、B Corpの一員であるバリューブックスが担う大切な役割のひとつだと考えています。
写真:田川葉子
posted by 北村 有沙
石川県生まれ。都内の出版社勤務を経て、2018年にバリューブックス入社。旅、食、暮らしにまつわるあれこれを考えるのが好きです。趣味はお酒とラジオ。保護猫2匹と暮らしています。