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2025-07-15

【連載】『NABOの隣人』第一話|「ノートPCの女性」

 

長野県上田市にあるバリューブックスの実店舗「NABO(ネイボ)」の店名は、デンマーク語で”隣人”という意味。

その名の通り、NABOには常連さんがたくさんやってきます。

『NABOの隣人』は、そんな人々のストーリーをほんの少し掬いあげるメールマガジン。店舗スタッフの喜多が担当します。

※こちらの記事は2025年6月4日のメールマガジンにて配信したものです。

 

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「表紙の色、どれがいいと思いますか?」

いつも席につくとノートPCを開き、作業をしている女性がいた。顔を見知っている程度のお客さん。

「表紙の色ですか? 何の……?」

これが、私が月岡ツキさんを知った瞬間だった。

「今度、本を出すことになったんです。その表紙の。ずっと見比べてたらわからなくなっちゃって」

 

そして私はこの本『産む気もないのに生理かよ!』を手に取った。

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時代をほんの少し、一世代だけでも遡ったとき、今よりもずっと性差が当然とされていた社会がある。

玉の輿退社、専業主婦、家内無償労働……

「女の役割」が確固として存在していた時代。結婚=退職、家庭内においてケアの役割を担い、子育てだけで20代30代を終えていった女性も多かった。

そして、そのような生き方は当たり前として社会から押しつけられていた側面があった。

家庭の安定を優先し、苦心して家族のために尽くした母親たち。

子供が手から離れて初めて彼女たちは安堵した。自分の仕事を辞めた意味はあった。

家に入ってよかった、私が我慢すべきことを我慢して、よかった……その一方で、本当はもっと学びたかった、もっと外で働きたかった、もっと自分の人生を謳歌したかった、という気持ちを抱いていた女性もいたはずだ。

そして、それらの心情をつぶさに見つめて育った子供も、いる。

 

『産む気もないのに生理かよ!』の著者である月岡ツキさんにとって、家族のために一心に尽くす母親の姿は、幼少期の記憶に暗い影を落とす。

 

”タスクをこなすことに疲れ果て、他に逃げられる自分の居場所もなく、いつも擦り切れそうな母を見てつらかったのも私の子供時代だった。家と夫と子供にすべてを捧げて、この人は本当に幸せなんだろうか?”

 

 

 

『産む気もないのに生理かよ!』が書かれたNABOのカウンター席

 

『産む気もないのに生理かよ!』の著者である月岡ツキさんは、三十代で子供を持たないという選択をする。

その背後に色濃く見えてくるのは、自分を育ててくれた母親の生き様、その二面性だ。

 

”学校から帰れば母がいたし、手作りの品数の多いご飯を毎日食べられたし、部活の送迎もいつもしてもらって、それを当たり前のこととして子供時代を過ごした。”

 

子供としての自分の幸福は、母の人生における何らかの犠牲の上に成り立っていた。

もし自分が子供を持って、母と同じだけの献身をすれば、その子の幸せを築けるかもしれない。しかし「私には無理」と、月岡さんは言う。

 

”私は本当は今でも母に、家や夫や子供から解放されてほしいと思っている。自分だけ自由になってごめんなさいという罪悪感だってある。それでも、母にとっての「当たり前」を生きるのは、生まれ変わってもたぶん、私には無理なのだ。”

 

月岡さんのメッセージは、子を持つか否かの選択を迫られる三十代女性に支持されている。

実際、NABOでこの本を買っていくのもその世代の女性が多い。そこには共感がある。

月岡さんよりは少しだけ上の世代の私も、この本に共感するところがいくつもあった。多くの女性が、月岡さんと同じ悩みを抱いているのだ。

その一方で、私がこの本をあえて読んでみてほしいと思うのは、むしろ子育てを終えた、私たちの親の世代だ。

 

かつて子育てに四苦八苦した母親たち、その傍らで、ある意味では女性と同様、社会に要請された役割を担うことしか選べなかった父親たち。

次の世代はちゃんと育っていますよ。

自分の幸せを手放さずに生きていく知恵とパワーを、もっともっと包括的に、自分の自由を諦めず、同時に幸せを求めることができる、あたらしい生き方を見つけはじめていますよ、と。

親たちがかつて飲みこんだ悔しさと涙は、たしかに次の世代につながっている。そうしたことへの感謝もこの本にはあるのではないか、と私は思うのだ。

 

月岡ツキさんからひと言

『産む気もないのに生理かよ!』の原稿は、大半がNABOのカウンター席で書いたものです。

NABOの美味しいお茶とお菓子と、そして常連でも初めましてでも、大人でも子供でも、誰でもいつでも「いていい」雰囲気に助けられ、無事書き終えることができました(表紙は喜多さんや他の店員さんが満場一致で「これ!」と言った緑色になりました。感謝!)。

いま二冊目も同じ席で執筆中。お世話になりすぎですね。またNABOに置いてもらえるような本にできたらいいなあ。

NABOの推しメニューは真夏に飲む「雲南白茶(冷)」です。

 

この度、月岡さんには、ご著書『産む気もないのに生理かよ!』のサイン本を限定10冊、バリューブックス オンラインサイトにご用意いただきました。

※ご好評につき現在は完売となっております。通常版はこちら

 

 

また、月岡さん初の私家版エッセイ集『平成共同幻想』も発売中です。

平成一桁生まれの著者が幼少期〜学生時代にハマったアニメや漫画、アイドル、インターネットカルチャーなどにまつわる思い出が綴られた一冊です。

こちらのエッセイは、NABO店頭に並んでいるほか、バリューブックスオンラインサイトでも取り扱っています。ぜひ覗いてみてくださいね。

 

【著者サイン入り】平成共同幻想

 

 

著者プロフィール

月岡ツキ(つきおか・つき)

1993年生まれ。ライター・コラムニスト。

既婚・DINKs(仮)として子どもを持たない選択について発信しており、ポッドキャスト『となりの芝生はソーブルー』の話し手としても活動中。

Instagram @tsukky_dayo

 

 

SHOP INFO

「本と茶 NABO」

長野県上田市中央2丁目14-31

[営業時間]

金土日:12:00~18:00

Instagram @nabo_valuebooks

 

 

 


 

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posted by 喜多 抄

バリューブックスの実店舗「本と茶NABO」運営スタッフ。カフェメニューに「日曜日のバナナケーキ」などグルテンフリーのお菓子を考案。

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