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2025-04-03

【納品書のウラ書き vol57】 NABO業務日誌 四月◯日

バリューブックスの本を購入していただいたお客様にお届けしている「本の納品書」
その裏面に掲載している書評「納品書のウラ書き」のバックナンバーを公開します。
納品書のウラ書きにまつわる詳しいストーリーはこちらをご覧ください。

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2025年4月発行_vol57 より

 

NABO業務日誌  四月◯日

 

人が本屋にいくとき、もしかしたら、人生は万全じゃないかもしれない。知るべき知識を得るために、不安や枯渇感を埋めるために、形にならない苦しさの本当の姿を知るために。自分に足りない何かを求めて、人は本屋にいく。

 

あるいは、他にどこにも行けなくて。

新しいことがいろいろな形でスタートをきる四月は、ただでさえ、冬のあいだに縮こまった体がまだ気候に慣れないのに、学校や会社など、生きることの土台も変化が多くて不安定になりやすい。その土台のうえに立っていると、自分も揺れて、まわりの人たちも揺れていて、確からしいものが見えてこなくて、いったい何をよすがにしたらいいのか。

 

とある小説の主人公は、人生なにもかもが悪い方向へ転落していって、それぞれの事柄は複雑に絡みあっていて、考えても考えてもほどけそうにないと独白する。そんなとき隣人から、こんなアドバイスを受けた。

「何も考えなくていい、何も計算しなくていい、どんな人間が、どんな顔をして、そこを歩いて通り過ぎていくのかを見ていればいいんだよ。」※
それから彼の人生は、ジリジリと進路を変えはじめる。

 

三十路の人生五里霧中だったさなか、私はこの本を手にとった。アドバイスの指示どおり、考えず、計算せず、街角やカフェでぼーっと人々を眺める毎日。

半年が経った今、たしかに人生の船は方角を変えつつあるーー。

作家とはすごいものだ、真理を知っているのだな。それを創作の中に織りこんで、登場人物はおろか読者さえも変化させる力を持っている。こういうのが物書きの本分なのだなあ……最初はそう思っていたけれど、時間が経った今になって思えば、それは違うとわかる。「何も考えなくていい」という言葉を読み、自分のなかに摂りこんだ時に、すでに治療は行われたのだ。何もかもを考えすぎて動けなくなっていた私に対して。

 

本屋に、探しにきてください。あなたの答えを。あなたに手渡されるべく用意された言葉を。私たち「NABO」は、あなたの隣にいます。

 

 

ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編
著者:村上春樹 / 出版社:新潮社

 

 

posted by 喜多 抄

バリューブックスの実店舗「本と茶NABO」運営スタッフ。カフェメニューに「日曜日のバナナケーキ」などグルテンフリーのお菓子を考案。

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