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2024-09-10

納品書のウラ書き 特別号「交換不可能でかけがえのない優しさの記憶」

バリューブックスの本を購入していただいたお客様にお届けしている「本の納品書」
その裏面に掲載している書評「納品書のウラ書き」のバックナンバーを公開します。納品書のウラ書きにまつわる詳しいストーリーはこちらをご覧ください。
今回は、特別号として文芸評論家・エッセイストの宮崎智之さんにバリューブックスから発売した『724の世界 2023』(著・吉本ばなな)について執筆いただきました。

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2024年6月発行_特別号 より *現在は配布終了しています

 

交換不可能でかけがえのない優しさの記憶

 

本を読んでいて、これだけその世界に親しみを覚えたことはない。吉本ばななさんが2023年1月1日〜12月31日までを生きたしるしの日記のような、または記録のような本書は、そう思わせてくれる一冊です。

1月25日は、おやじがうざく絡んでくる鍋の店に行き、こういう店はあと10年もすればなくなると愛おしく感じる。2月9日は、海外企業のCEOの家に行く。事前のイメージとは違って、年取った猫やカラフルなクローゼットから、そこにあるその人だけの生活を感じ取る。3月28日はゲラをものすごい勢いで確認する。4月4日は下北沢で近所の高貴な人、王子様に会い、お花を持って家まで一緒に歩く。本書のタイトルにもなっている吉本さんの誕生日である7月24日の夜には、高価な鮨屋に「お昼は抜いた」と言う息子さんが駆けつけ、ずっこける。

吉本さんは著名な作家で、その生活には著名人も登場するけど、みなリラックスした自然体で記録されます。読んでいると、吉本さんがいつも行く肉屋のおじさんの体調が気にかかり、成人した優しい息子さんへの愛を、自分の親からの愛のように感じ、犬との暮らしを幸せに思うようになる。記録はいつしか「記憶」になって、目の前に立ち上がってくる。生活の息づかい、楽しい会話、美味しい食事、大切にしているアイテム、映画、素敵な展示会。そういったすべてのものが、交換不可能でかけがえのない個人が営む生活の愛おしさを思い出させてくれる。

吉本さんは友人を大切にしますが、同じくらい自分も大切にします。自分を大切にすることが、誰かを大切にすることにつながるのを知っている人。だから、世界が優しい。ずっと読んで、この世界にい続けたいと思う。そして、自分の生活の「記憶」も残したくなる、残しておかなければならないものがあることに気づかせてくれる。誰かのささいな日常は、きっと誰かを救うのです。

 

執筆者:宮崎智之(みやざき ともゆき)

1982年、東京生まれ。文芸評論家、エッセイスト。2024年6月10日に、『平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版』をちくま文庫より出版予定。近刊に『モヤモヤの日々』(晶文社)。現在、『文學界』にて「新人小説月評」(2024年1月〜12月)を担当中。

 

 

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724の世界 2023』バリューブックス販売ページ:
https://www.valuebooks.jp/『724の世界-2023』/bp/VS0058753112

 

posted by バリューブックス 編集部

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