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2023-05-10

暮らしに寄り添う工芸を選ぶなら、まずはここから。「中川政七商店」の入門編。

 

前半の対談で中川政七商店の代表取締役社長、千石あやさんにお聞きした工芸品の魅力や、ものづくりの姿勢。

 

対談の後半となる本記事では、はじめて工芸品を手に取る方におすすめの、入門編にあたる商品をいくつか紹介していただきました。

 

「私が個人的に好きなものになってしまうんですが……(笑)」

 

とはにかむ千石さんに、とくにおすすめの4つのアイテムを紹介いただきました。

 

 

中川政七商店 14代目社長 千石あやさん

 


 

 

自分の人生になくてはならない存在になった、「花ふきん」

 

 

千石さん:
まずおすすめしたいのは、中川政七商店の代表的な商品である「花ふきん」ですね。とはいえ、実は入社するまで使ったことがなかったんです。

 

—— あ、そうだったんですか。

 

千石さん:
ふきん自体は、一般的なパイル生地のものを持っていたんですけどね。でも、こういった綿と麻でつくられた昔ながらのふきんって、若い頃はなかなか手を出さないじゃないですか。ほかにお金を使いたいこともありますし、なかなか「しっかりしたふきんを買おう」とはなりませんよね(笑)

 

—— えぇ、そうですね(笑)。「花ふきん」は僕も使っていますが、それも最近からです。

 

千石さん:
30歳を過ぎるまで、生活に関する道具をちゃんと選んで買う、という文化が自分の中になかったんです。でも、中川政七商店へ入社することになり、企業研究の一環で手にしてみたら、本当によくて。

風通しを保ちつつ、蚊は通さないようにつくられた蚊帳(かや)というものがありますよね。奈良は、それ使うかや織の産地でして、この「花ふきん」でも同じものを使用しているんです。

 

 

目が荒いので、水をよく吸うし、絞ればすぐに水が絞り出て、風通してもいいのですぐ乾く。クタクタにやわらかくなるほど、さらに使い勝手もよくなっていくんです。

—— 工芸品、というとちょっと日常から遠いイメージを勝手に持ってしまいますが、生活のいちアイテムとしてもちょうどよいですね。

 

千石さん:
そうなんです。今では、自分の人生に登場したなかで、最もなくてはならない存在で。ふきん1枚でも、自分の暮らしや生活の捉え方が変わる。それを最初に実感させてくれた、という意味でも大好きな商品です。

 

 

日々の装いに、工芸の入り口に、「小さな工芸のアクセサリー」

 

 

千石さん:
こちらは、日本の工芸の技法や素材の美しさを凝縮した、「小さな工芸のアクセサリー」シリーズです。鹿の角や、トンボ玉、信楽焼など、各地の工芸を身につけやすい小さなサイズでピアスやピンブローチにしています。

 

—— え! これって本物の鹿の角や、陶磁器なんですか?

 

千石さん:
えぇ、そうですよ(笑)。

 

—— すごいですね。各地のさまざまな工芸が、こうしてひとつの形でシリーズとして出ているのもとっても素敵です。

 

 

千石さん:
工芸の入り口としても、うってつけのものだと思うんです。「こういった工芸が自分の地元にもあるのかな」という気づきになったり、「この技術が使われている器を見てみたい」と興味を持つきっかけになるかも知れない。

そうした各地の工芸を知っていただく第一歩になる、中川政七商店らしいアイテムですね。まずは普段の装いのアクセントに、気軽に楽しんでもらえたら嬉しいです。

 

 

職人の知恵から生まれた、繊細で丈夫な「二重軍手の鍋つかみ」

 

 

千石さん:
この「二重軍手の鍋つかみ」は、東北で鉄瓶をつくっている職人さんの知恵から生まれたものなんです。

 

—— 二重軍手、て不思議な名前ですよね。

 

千石さん:
その名の通り、熱いものを触って作業する職人さんが、軍手を二重にして使っていたんです。熱さに強くなくてはいけないし、繊細な動きをするための可動性も必要。そこで、軍手を2枚重ねにしていたわけですね。

この構造は、鍋つかみとしても優れていることに気がついたんです。一般的な鍋つかみって、指全体がスポッと入るものが多くて、便利ではあるけれど細かい作業が苦手ですよね。熱い鍋蓋を持つときは、ちょっと危ない。でも、この「二重軍手の鍋つかみ」は200度までは難なく持てますし、繊細な動きもできるんです。

 

—— あ、本当だ。見た目以上にとても分厚いですね。

 

 

千石さん:
焼きたてのグラタンも、楽々持つことができますよ。私は、ストーブの上に置いたやかんを触るときによく使っているんです。近くにこれを吊っているので、便利ですし、自室に吊っていても気にならない佇まいが好きで。

機能性ももちろん大切ですが、日常の暮らしの中にあっても違和感のない佇まいがあることも、中川政七商店の商品づくりで大切にしていることですね。

 

 

ちょっとした手間さえ愛おしい、「常滑焼の塩壺と砂糖壺」

 

 

千石さん:
同じように、機能的で佇まいのよいものを、という思いでつくったのが、「常滑焼の塩壺と砂糖壺」です。キッチンに出しっぱなしにしていても気にならない、すっきりとしたデザインにしています。

塩壺と砂糖壺、一見同じように見えますが、塩は湿気で固まり、砂糖は乾燥で固まってしまう性質があって。そこで、塩壷は陶器の調湿作用をいかして塩が固まるのを予防し、砂糖壺は内側に湿度を保つ釉薬を施してあるんです。

 

—— そうなんですね。恥ずかしながら、塩と砂糖にそんな違いがあるなんて、知りませんでした。

 

千石さん:
とはいえ、固まってしまうこともあるんですけどね。何回もテストして、リニューアルも行っているんですけれど、砂糖が乾燥して固まってしまうことはあって。そんなときは、砂糖壺の蓋の裏に少し水を含ませると、またサラサラの状態に戻ります。ちょっと手間ではあるんですが、そうやって砂糖の状態が変わっていくと、自分が育てているような愛着を持てるのがまた良くて。

 

 

—— 僕も、妻と結婚して、「道具を育てる」という考え方を知りまして。何も知らずに鉄鍋を洗剤で洗おうとしてしまったときに、「それは育ててるんだから、洗剤を使わないで!」と怒られて、そういう考え方があるんだ、と……(笑)。

 

千石さん:
それは、怒られちゃいますね(笑)。でも、本当に、自分の力で道具の使い勝手が増していくと、手間さえも愛おしく感じてしまうんです。この塩壺と砂糖壺は、中川政七商店でもずっと人気のロングセラー商品なんです。記事を読んでくださっているみなさんにも、愛着を持てるアイテムとして台所に迎え入れてもらえたら嬉しいです。

 

 

「丁寧な暮らし」を気負わずに、ゆっくり暮らしを広げていく

 

 

━━ いわゆる、「丁寧な暮らし」という言葉がありますよね。そんな暮らしができたらいいな、と思う気持ちがある一方、暮らしの一挙手一投足に意識を向けるのはしんどい部分もあって。こうしたアイテムは、「ひとまずこれを、台所で使ってみよう」と気負いなく迎え入れられるのが、いいですね。

 

千石さん:
「丁寧な暮らし」って、完璧に実践しようとするとすごく大変ですよね。ありがたいことに、そういった暮らしの一例として中川政七商店の商品を紹介いただけることも多いのですが、実は、私たちの口から「丁寧な暮らし」という言葉を使ったことって、ほとんどなくて。

暮らしのひとつひとつに手間をかけたくても、それが許されない環境や状況だってある。私だって、できていないことがたくさんありますし、それをお客様に強要はしたくなくて。私たちは「心地好い暮らし」とよく言うのですが、「好」という言葉が入っているように、暮らしを “善し悪し“ではなく、”好き嫌い”で捉えてほしい、という思いがあって。

 

—— たしかに、「丁寧な暮らし」という言葉があると、それを実践できていないときに、まるで自分が「雑な暮らし」をしてしまっているような罪悪感を覚えてしまいますものね。

 

 

千石さん:
忙しいときにカップラーメンを食べることだって、それもまた生活の彩りじゃないですか。お気に入りの器でご飯を食べるのも、キッチンで立ったままラーメンを食べるのも、どちらも彩り。何が善い、悪いではなく、自分が好ましく感じるところから暮らしをつくっていくのが、一番大切だと感じています。

 

—— 前半の対談で、工芸を残していく意味として、「選択肢を残したい」というお話がありましたよね。それは、「どう生きるか」という大きな選択ではなく、「生活の各ポイントに何を取り入れるか」という、小さな選択の余地を残すことだったんだと、今のお話で実感しました。

 

千石さん:
そうですね。ちょっと手間はかかるけれど、自分が扱うなかで、砂糖が固まったり固まらなかったりする。ふきんひとつで、暮らしが少し変わったりする。それって、楽しいことですよね。そんな風に、自分の生活が少しずつ広がっていくお手伝いができたら嬉しいです。

 


 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

中川政七商店のECサイトでは、上記でお伝えした商品以外にも、魅力的なアイテムが揃っています。

ぜひ一度、ご覧くださいませ。

中川政七商店に訪れてみる

 

posted by 飯田 光平

株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。

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