EndPaper

本に触れる。
その小さなきっかけを届ける
ウェブマガジン。

2023-05-10

【インタビュー】300年続く奈良の老舗「中川政七商店」が、現代に工芸を受け継ぐ理由。“人の気配”があるものづくりとは。

 

奈良に拠点を置きつつ、全国各地の店舗や EC で日本の工芸品を扱う、中川政七商店。

そんな中川政七商店と、本屋の VALUE BOOKS、一見なんの接点もないように思える両者なのですが、さまざまなイベントでご一緒する機会があったり、どちらもポッドキャスト「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」をサポートしていたり、「PARaDE」という企業同士が連携するチームにともに参加していたり、と不思議な共通点が多々あります。

そうしたご縁から、昨年にはコラボ企画をご一緒したことも。

 

接点が増えるたびに、中川政七商店という会社の在り方や、彼らが手がけるプロダクトへの興味がむくむくと湧き上がり、直接本社にお邪魔してじっくりお話する機会をいただきました。

話し手は、代表取締役社長を務める千石あやさん。
聞き手は、バリューブックスで編集を務める飯田です。

 

バリューブックスをご愛用くださっている皆さんにぜひお届けしたい、日本の工芸の魅力と、それをビジネスとして扱う難しさ。

インタビューを通して、中川政七商店の姿勢がもっと好きになってしまいました。

 


 

 

創業307年を迎える、老舗企業

 

 

—— すごく基本的なところからの質問なのですが、「中川政七商店」って何のお店になるのでしょうか。店舗に行ったり、EC で買い物をしたことはあったりして、さまざまな日本の工芸品を扱うお店、というイメージはあるのですが。

 

千石さん:
端的に言えば、「工芸をベースにした生活雑貨を企画販売している会社」です。日本の暮らしの心地好さを届けられるよう、現代の生活にあわせたものづくりに取り組んでいます。会社自体は、1716年に奈良町で創業しました。今年で307年目になりますね。

 

—— 創業から300年! 工芸を現代の生活と繋げるモダンなお店のイメージがありましたが、歴史を積み重ねた老舗企業なんですね。

 

千石さん:
創業時は、高級麻織物と呼ばれる「奈良晒(ならざらし)」を扱う会社だったんです。今では多種多様なものを扱っていますが、麻は300年を通して扱い続けていますね。

 

—— なるほど。おっしゃるように、今やたくさんの工芸品を取り扱われていて、お店に立ち寄った際も日本全国の産地を旅するような感覚を覚えて、とても楽しいです。「日本の工芸を元気にする!」という会社のビジョンも、シンプルで力強いですよね。

 

千石さん:
ありがとうございます。でも、実は最近までは、あまりお客様に対して会社のビジョンを大きく打ち出さないようにしていたんです。

 

—— え、なぜでしょうか?

 

 

商品の背景、会社の姿勢を知ってモノを買いたい方が増えてきた

 

 

千石さん:
「日本の工芸を元気にする!」、というのは大切な会社のビジョンであり、ミッションです。でも、お店や EC でお買い物されるお客様のモチベーションとは関係がない、と捉えていたんです。「私たちは、日本の工芸を元気にするために頑張っています。だから買ってください」という姿勢ではありたくなくて。

 

—— あぁ、たしかに。

 

千石さん:
もちろん、お店で大々的にビジョンを掲げずとも、接客の中で自然とお客様に伝わっていた部分はあると思います。中川政七商店って、すっごく接客するお店なんです。最初は様子を伺っているんですが、お客様が迷っている雰囲気を感じ取ったら、そっと近づいていって(笑)。

 

—— あ、言われてみれば僕も経験があります(笑)。

 

千石さん:
「今お持ちなのが美濃焼でして、どこどこが産地で、こういった職人さんが手がけていまして……」と、商品の背景を伝えることは大切にしているので、そこから中川政七商店のビジョンがお客様に届くこともあったかと思います。

 

—— なるほど。しかし、「最近までは、あまりお客様に対して会社のビジョンを大きく打ち出さないようにしていた」ということは、今は違うのですか?

 

千石さん:
はい。というのも、お買い物をされる際に、その裏にある背景やストーリーを知った上で購入したい、と感じられているお客様がすごく増えてきたんです。それを実感するうちに、各商品の背景を伝えるのはもちろんのこと、「工芸とは何なのか」「なぜ私たちは工芸が残っていった方がよいと考えているのか」といったことを、お客様にも伝えるべきだと思い始めたんです。

商品の魅力だけを伝えるのではなく、私たちの姿勢や価値観も表明することで、それに共感してくださった方のお買い物へと繋がる。ライフスタイルではなく、会社のあり方、人の生き方である「ライフスタンス」をきちんと届けるべきだ、と。

会社の姿勢に共感することで、消費に繋がる。きっと、バリューブックスを利用されるお客様にも同じような方がいらっしゃるんじゃないですか?

 

 

—— たしかに、中川政七商店ほど自覚的ではないものの、ありがたいことに僕らの取り組みに共感してくださるお客様は多いですね。

たとえば、中古本を販売したときも本のつくり手に利益が還元できたらと、売上の33%を出版社に還元する「エコシステム」という取り組みや、中川政七商店もサポートしている「コテンラジオ」や、「ゆる言語学ラジオ」といったクリエイターへの書籍代支援を行っているんです。

僕らはそれを、CSR のようには捉えておらず、とても長期的な”ビジネス”として挑戦しているのですが、共感し、「VALUE BOOKS を利用するきっかけになった」と言ってくださる方も多いです。

数年前までは、バリューブックスは自社サイトでの販売を行っておらず、ほとんどが Amazon といったモールでの販売のみでした。そのときにも、「バリューブックスから直接買いたいので、はやく自社販売を始めてください」という、ありがたいお叱りをいただいたこともあります(笑)。

 

千石さん:
売上の33%を出版社に還元、て一見すると理解しがたい取り組みですよね(笑)。でも、それをビジネスとして捉えて行っている、という話はよく分かります。

 

 

「この商売を、子どもに継がせることはできない」

 

—— ちなみに、中川政七商店で扱っているアイテムは、自社商品と仕入れたもの、どちらもありますよね。どちらの方が多いのですか?

 

 

千石さん:
10年ほど前までは自社製品が40~50%ほどでしたが、現在は80%を超えています。私たちの原点でもある麻製品を中心に、器やお洋服など、つくり手さんを探しながら徐々に増やしていきました。

これまでご一緒したつくり手さんは、800を超えますね。

 

—— そんなに! しかも、ほとんど自社商品なんですね。

 

千石さん:
そうなんです。自社商品といっても、全国各地のつくり手の方と一緒に生み出したものですね。

 

—— たしか、中川政七商店では、工芸を手がけるメーカーのコンサルも行われているんですよね。しかも、コンサル自体をビジネスにするのではなく、一緒に商品を開発し、販路をサポートするなど、長期的な付き合い方ですよね。

 

千石さん:
えぇ、コンサルだけ行って、それでお金をいただく方が分かりやすいですし、短期的には会社の利益も出やすいかも知れません(笑)。でも、もしそれでうまくいかず、メーカーさんが潰れてしまったら、私たちの商売もなくなってしまうんです。

 

—— あぁ。

 

 

千石さん:
瞬間最大風速で利益を出すことよりも、「長く継続して、私たちがその工房に発注ができる」ことの方が、ビジネスとしても重要なんです。

それに、工芸品を扱う商売には特徴があって。「ただ売れるものをつくればよい」というわけではないんです。飯田さん、ものをつくる仕事って、ふつうは量が増えれば製造のコストが減る、と思いますよね。

 

—— はい。10個つくるより100個つくる方が、いち商品あたりの製造コストは減ると思います。

 

千石さん:
工芸の世界では、量が増えると「つくれません」となるんです。いち家族で経営しているような小さな工房も多いし、そもそも職人による手仕事。売れるからつくる量を倍にしよう、とはなかなかできないんです。

 

 

—— そうか。「一気にたくさん売る」と「長く売り続ける」は、最終的な売れる量は同じだったとしても、工芸の世界では後者にならざるを得ないんですね。

 

千石さん:
産地の出荷額は80年代がピークで、そこから比べると今は ⅙ くらいの規模です。海外から安い製品が入って来ることでの価格競争で、工芸メーカーは一気に廃業に追い込まれました。「この商売を、自分の子どもに継がせることはできない」と自分の代で暖簾を下ろすつくり手さんも、残念ながら数多くいます。

それでも、産地ごとに根付く工芸は、手仕事ならではの、私たちの肌と心になじむ、心地好さがあるはず。それに、単なるプロダクトではなく、その土地の文化や風習とも色濃く繋がっている。だからこそ、技術が失われないよう、商品開発はもちろんのこと、ブランディングや経営のお手伝いもしているんです。

 

なぜ、工芸は生き残った方がいいのか

 

 

—— 業界としての規模も縮小しているし、工芸の世界のものづくりには制約もある。なぜ、中川政七商店は「工芸は残った方がいい」と考えているんですか? わざと意地悪な質問をすると、「工芸が廃れていくのは、それが時代の流れなのだから仕方ない」なんて捉え方もできてしまいますよね。

 

千石さん:
たしかに、そういう見方もできますよね。私たちは、安価で手に入る工業製品はよくない、と思っているわけではないんです。そういった選択肢があるのは当然ですし、「工芸品だけを使わないとダメだ」とは考えていません。

でも、そこには私たちが大切にしたい「人の気配」がなくて。

 

—— 人の気配。

 

千石さん:
手仕事でつくり出されるものって、どうしても均一にはならず、ゆらぎがあるんです。ひとつひとつが、微妙に異なる。でも、そのわずかなディティールに、意外と人は気づいてしまうもので。

ある製品に対して、「人の温かみを感じる」なんて言ったりしますよね。商品に対してそうした「人の気配」を感じ取れるのが、工芸の大きな魅力だと思うんです。

 

飯田も愛用している、「天然本漆」を使った漆椀。まさに、手仕事の温かみを指先から実感する器です。

 

そういった品々を生活に取り入れた方が、暮らしが豊かになる。私たちはそう信じて商品をつくり、届けているのですが、言ってしまえばこれはひとつの価値観、選択ですからね(笑)。共感される方、されない方、どちらもいらっしゃって当然です。

でも、世の中からなくなってしまうと、選択することすらできないんです。

 

—— みんな、好きなものを選べばいいのだけど、ないものは選べない。

 

千石さん:
その通りです。工芸品の持つゆらぎって、工業製品のまなざしから見たら「不良品」に割り振られてしまうものです。でも、そのゆらぎを失敗ではなく、手仕事の温かみとして許容できるかどうかが、豊かさにつながると思うんです。

木や土など、自然素材からできているものが多いので、触れた時の手触りがしっくりくるんですよね。そんななかで出会うゆらぎ、わずかな色や柄の違いが、不思議と愛着に変わる製品に対して自分の感情が乗りやすいのも、手仕事でつくる工芸ならではだと感じます。

繰り返しになりますが、工業製品も人の生活を助ける、素晴らしいものです。でも、手仕事でつくられたものを生活に取り入れたいと思ったときに、そうできる選択肢を私たちは残し続けておきたいんです。

 

——  後半へと続きます ——

 

暮らしに寄り添う工芸を選ぶなら、まずはここから。「中川政七商店」の入門編。

posted by 飯田 光平

株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。

BACK NUMBER