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2021-01-06

「本の価値を問い直すために」━━ 無印良品が古本を手がける理由

こんにちは、バリューブックス編集部の飯田です。

みなさんご存知の、無印良品。
実は、いくつかの店舗には MUJI BOOKS と呼ばれる本の売り場が入っています。

暮らしを彩る様々な本が並ぶ MUJI BOOKS。
その多くは新刊で構成されているのですが、なかには、一度誰かの手を経た古本も混ざっています。

 

ほとんどのアイテムが新品である無印良品のなかで、どうして古本が並べられているのか。
そして、新しく始まった「古紙になるはずだった本」とはどういった取り組みなのか。

私たちバリューブックスも協力している「無印良品での古本販売」の内幕を、MUJI BOOKS を手がける清水洋平さんに改めてお伺いしていきます。

 

MUJI BOOKS 担当者の清水洋平さん

 

話し手:MUJI BOOKS  清水洋平
聞き手:VALUE BOOKS 飯田光平

 

こんにちは。無印良品で MUJI BOOKS を担当している、清水です。

清水さん、よろしくお願いします。今日は、「MUJI BOOKS がなぜ古本を扱うのか」という点をお聞きしたいんですが、まずは「MUJI BOOKS とは何か?」という大前提から教えてもらえますか? 無印良品の存在は多くの人がすでに知っていますが、MUJI BOOKS のことを知らない人はまだ多いと思いまして。

そうですよね。MUJI BOOKS は、基本的には無印良品の店舗のなかに設けた書籍販売コーナーのことを指します。2015年に「MUJI キャナルシティ博多店」のリニューアルに合わせて誕生しました。その後、年間10店舗ぐらいのペースで増えていまして、2021年1月現在では、49店舗に MUJI BOOKS があります。

5年前からスタートしたのに、もう50店舗近くで展開されているんですね。

国内の無印良品の店舗が440店舗ほどなので、店舗数全体の10%ぐらいにはMUJI BOOKS がある計算になります。

 

本を通じた「感じ良いくらし」の提案

 

写真:無印良品 直江津店

 

そもそも、どうして無印良品が本の販売を始めたんですか?

無印良品のコンセプトとして、それぞれの商品を販売する理由をお客様に伝えたり、商品を通して「感じ良いくらし」を提案したいと考えています。そうした背景や無印良品の思いをお客様に伝えるツールとして、本が活用できると考えたんです。

また、ライブラリーとして本を並べるよりも、お客様が心動かされた本は持ち帰れるように、販売という形式を取りました。

今では、本を売るだけでなく、MUJI BOOKS が版元となって本の出版も手がけられていますよね。

 

https://www.muji.com/jp/mujibooks/

 

はい、そうなんです。お話したように、はじめは「感じ良いくらし」を提案するひとつの方法として、本の販売を始めました。その理念は変わっていないのですが、だんだんと「感じ良い社会」の提案という、広いフィールドへのアプローチにシフトしていっているんです。

社会全体をよりよくしていくために、出版も手がけたり、本にまつわる問題を解決していったりと、様々な活動に手を伸ばしていきたいと思っていて。

なるほど、本というツールを使って、無印良品のコンセプトをお客様や社会へ届けるようになってきた。新刊の販売・本の出版から続いて、「古本」も扱うようになった経緯はどういったものだったんですか?

 

無印良品が古本を取り扱う、3つの理由

 

写真:無印良品 直江津店

 

ひとつには、「新刊では手に入らない本があった」ことが挙げられます。

品切れだったり、絶版してしまった本を並べたいと思った、ということですか?

そのとおりです。この前まで仕入れられていた本が、もう品切れで手に入らない、ということが多々あるんです。MUJI BOOKS は、設定したテーマに沿って本を選び、並べ、無印良品の思いを伝えたいという狙いがあります。ですので、並べたい本が手に入らない、というのは大きな問題だったんです。

もちろん、世の中で多くの人に求められている本は、増刷されることもあります。しかし、「よく売れる本」ではなくても、MUJI BOOKS として自信を持ってお客様に提案したい本はたくさんあります。そうした本は品切れ・絶版になっているものも多かったんです。

なるほど、差し出したい本をきちんと仕入れるために、古本も手がけ始めたんですね。

 

また、これまでの歴史を内包した本というメディアの力を伝えたい、という思いがありました。MUJI BOOKS では、本を「人類最古のメディア」と定義しているんです。

書籍は、情報伝達のツールでもありますが、記録を保持するメディアでもあります。いま必要な情報、旬な話題は新しい本で届けることができますが、かつて考えられていたこと、昔から語られていたことは、古い本でなければ分かりません。

古本を扱うことによって、記録物として本が持つ価値を伝えていきたいと思ったんです。

なるほど、なるほど。

 

最後の理由として、「本の価値って、なんなんでしょうか?」ということを世に問いたい思いがありまして。

同じタイトルの本が、新刊と古本、どちらでも流通していることは多いですよね。新刊書店では1000円で売られているものが、古本屋に行くと300円だったりする。どちらが正しい価値なのかは、手に取る人によって異なります。

新刊と古本のこうした違いを、ひとつの空間のなかで比較しながら提示したかったんです。新刊だけ、古本だけ、と売る側がお客様の選択肢を狭めないようにしたくて。

「古本を並べたい」ではなく、「新刊と古本の両方を並べたい」ということですね。

そうです。どの値段で本を買うのか、それを小売側が決めるのではなく、お客様が決められるようにする。新刊も並べるし、古本も扱うし、出版だってする。既存の書店・出版社の枠組みを超えて、お客様への本の提案をしたかったんです。

実際の古本の仕入れも、バリューブックスさんやほかの古書店さんの力を借りて、実現させることができました。

「仕入れの充実」「メディアとしての本の価値を届ける」「新刊・古本を織り交ぜたお客様への提案」、この3つの理由で古本を扱うことにしたんですね。

 

「中古品をそのまま売る」という、はじめての経験

 

写真:無印良品 直江津店

 

とはいえ、ユーズド商品である古本を扱うことに懸念はなかったんですか?

正直、大いにありました(笑)

無印良品は、お客様が愛用していた服を受け取り、染め直し、付加価値をつけて販売する「ReMUJI」というサービスも展開しています。

 

https://www.muji.com/jp/re-muji/

 

しかし、中古のものをそのまま売る取り組みは、はじめてのことだったんです。一番気になったのは、お客様の反応ですね。「汚い」「不潔」などの苦情がお客様から出てしまうのではないか、と。

たしかに、当然の懸念ですよね。

とはいえ、「古本」という存在が日本の社会で浸透しているのは、大きな後押しになりました。リサイクルショップで中古の家具や家電は売られていますが、本を中古で買う経験はそれ以上に親しみのあるものですよね。ユーズドの本、古本とはどういうものか、という説明を改めてする必要がなかったんです。

たしかに、古本を買うって多くの人が経験していることですね。とはいえ、実際のお客様の反応はどうだったんですか?

蓋を開けてみると、心配していた品質についてのクレームは何もなかったんです。とても自然に受け入れられていて。同じタイトルの本が新刊棚・古本棚の両方で異なる価格で売られていることについても、苦情などはなかったんです。

あ、それは嬉しい反応ですね。実際、買われていく方も多いのですか?

はい、一度にたくさん売れるわけではありませんが、コンスタントにずっと売れていっている、という感じですね。

いい意味で、お客様が新刊の棚と古本の棚を、平等に見ているんです。どちらの棚も見て、純粋に欲しいと思ったものを買ってくださる。いろいろな本が置かれている空間を受け入れてもらっていて。目指していた形が実って、ありがたかったですね。

 

古本のもう一歩先、「古紙になるはずだった本」の取り扱いもスタート

 

写真:無印良品 直江津店

 

新刊、古本、と扱ってきましたが、バリューブックスさんと関わる中で「古紙」にまつわる問題を知ることになったんです。

まだ読める本の多くが、古紙回収に回っている、ということですよね。僕たちバリューブックスにも、毎日約2万冊の本が届くのですが、そのうちの半分、1万冊を買い取ることができていません。かつてのベストセラーなど、すでに世の中に多く流通している本は販売に繋げるのが難しくて。

バリューブックスさんは、実際に古紙回収された本がどうなるのか、製紙会社まで取材に行かれていましたよね。そうした活動から、古紙を取り巻く課題を知ったんです。

 

本が命を終えるとき—古紙回収のゆくえを追う—
https://www.valuebooks.jp/endpaper/1517/

 

「もったいない」とシンプルに思いましたし、きちんとリサイクルの循環に乗っていることも分かった。それでも、「もったいない」という気持ちが残り続けて、上田市の倉庫で実態を拝見してから、帰りの新幹線の中でずっとモヤモヤしていたんです。

よく分かります。僕たちも、こうした本たちをなんとかできないだろうか、と常に考えていて。

無印良品は、自社で生産をコントロールして販売しますから、傷などがない限り商品を破棄することはないんです。ですので、余計に衝撃を受けました。

 

その衝撃が、捨てられるはずだった本を無印良品で販売する「古紙になるはずだった本」のきっかけとなるわけですよね。

はい。古紙に回される本は、まだまだ読めるものが多い。それなのに「値段がつかないから」と、市場価値というひとつのものさしだけで判断されてしまうことに、違和感を覚えたんです。ほかの観点から見れば、それらの本はまだまだ読むことのできるふつうの本なのに。

まずは、こうした現状をお客様に知ってもらうことが大切だと感じたんです。「売れる」と「読める」は異なる価値観であって、MUJI BOOKS  はこれらの本がまだ「読める」という視点から本を届けたかった。

とはいえ MUJI BOOKS はセレクトショップですから、どうしても並べる本を選ばなければいけない。捨てられる本から一部だけを救い出すことは、なんだかわがままにも思えて葛藤がありましたが、それを理由にやらないのも違うな、と。細々とした取り組みでも、見過ごさずに次へ繋げていこうと決めたんです。

 

ちなみに、そうしたセレクトの方法は「古本」と「古紙」で変わるんですか?

はい、違います。「古本」に関しては必要な本のリストがありますから、それをバリューブックスさんに共有して配送してもらう形です。

しかし、「古紙になるはずだった本」に関しては、バリューブックスさんの方でもデータ化がされていないこともあり、手作業です。つまり、直接上田市の倉庫にお邪魔して、1冊1冊宝探しのようにサルベージしています。

宝探しと言うとワクワクしますが、実際はとても泥臭い肉体労働ですよね(笑)

そうですね(笑)

 

写真:無印良品 直江津店

 

すでに古本を扱っているわけですから、「古紙になるはずだった本」も、それと混ぜて販売してもよいわけですよね。でも、一緒くたにせず「古紙になるはずだった本」と銘打ってお客様に届けるのは、こうした現状もお客様にきちんと伝えたい、という思いがあったからですか?

はい、そうです。飯田さんがおっしゃったように、この「古紙になるはずだった本」を通して、「本の価値って、なんなんでしょうか?」ということを伝えたくて。

古本を扱う理由としても挙げられていた点ですね。

無印良品には、創業当初より「わけあって、安い」というコピーがあるんです。どうしてこんなに安いのか、それにはこんな理由があって……と、本の売り場を通してこの「わけあって、安い」というメッセージを伝えられると感じたんです。

「古紙になるはずだった本」は、まだ5店舗のみでの展開ですが、強いメッセージ性を持った取り組みなので広げていきたいと考えています。

 

「古紙になるはずだった本」を展開している5店舗:
銀座、東京有明、シエスタハコダテ、イオンモール堺北花田、京都山科、直江津

 

ゆくゆくは、無印良品で本の買取も?

 

写真:無印良品 直江津店

 

MUJI BOOKS は、新刊の販売から始まり、本の出版、古本や「古紙になるはずだった本」の取り扱いまで活動を広げてきた。今後、さらなる広がりも考えているんですか?

本を通じてお客様のくらしをサポートする、という点では、本の「買取」も手がけていきたい、と構想しています。

バリューブックスさんは「宅配買取」を手がけられていますが、無印良品は全国に店舗がありますから、店舗まで持ってきていただいた本を買い取る、というところまでサポートできたらと考えています。

おお! それは楽しみですね。

 

はじめは小規模に、いくつかの店舗での実施になるでしょうし、まだまだ詳細を詰めて考えていかなければいけない段階です。それでも、バリューブックスさんの力も借りながら、徐々に大きく、広いプロジェクトにしていきたいと思っています。

とはいえ、コロナの影響もあり、きっと難しい経営が続いていますよね。そうした中で新規プロジェクトに挑戦していくことには、驚かされます。

たしかに、緊急事態宣言の際は、MUJI BOOKS の売り上げも大きく下がりました。しかし、その後はまた、じわじわと本が売れるようになってきているんです。

家にこもっていると、テレビを見たり、インターネットで映画を見たりと、デジタルな接触ばかりですよね。もちろんそれも重要なのですが、私たちはデジタルばかりな環境に疲れてきてしまっているんじゃないか、とも感じるんです。そうした中で、「本」というものが再注目されているな、と。

今のタイミングだからこそ、MUJI BOOKS の編集の力を活かして、新しい本の取り組みに挑戦する意義が大きいと思っているんです。

本の価値が高まっている、今こそが動き出すチャンス、ということですね。これからの MUJI BOOKS の活動の広がりを、いち個人としてもとても楽しみにしています。今後も、よろしくお願いいたします!

posted by 飯田 光平

株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。

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