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2020-03-27

遅くあれ、この世界を掴みとるために。

 

方々に目を配らせ、素早く判断し、効率的に対応していく。
この”素晴らしさ”に背を向けることは、スマホをポケットに忍ばせ、常に身体とインターネットが接続している僕らには、とても難しいことです。

ただ、ほんとうに、そうでしょうか。

遅くあること。それはただの美徳ではなく、息つく間もなく変わる世界の中を生きるためのとても重要な態度であることを、『緩慢の発見』は語りかけます。

イギリスの探検家、ジョン・フランクリン。1845年、彼は100名以上の隊員を連れて北極海の探検に繰り出し、そのまま消息を絶ってしまう。十分な装備を積んだ彼らがなぜ壊滅したのか、その最期はどのようなものだったのか、事態の真相はいまだに人々の注目を集めています。

『緩慢の発見』は、小説という枠組みを借りてジョン・フランクリンの一生を辿る1冊。本書で描かれる彼は、のろまで、とても要領のわるい人間です。

幼いフランクリンは、ボール遊びに参加することができません。それは、みんなの動きが俊敏すぎるから。ボールを持ったな、と思ったら、すでに腕の中はからっぽ。目まぐるしくボールを投げ合い、足をもつれさせずに走り回る彼らの前で、フランクリンは立ち尽くすしかありません。

でも、彼が素早く動けないのは、それだけ世界を自身の両目でとらえているから。

流れる雲のかたち。
目の前にそびえる教会。
まわりの木々や草はら。

ありありと広がる世界のありさまを掴むのに、彼の頭はいっぱいなのです。他人からは、それが思考停止のでくの坊に見えたとしても。

注意深くものを見て、自分の頭で考え、慌てないこと。
それは、未知の世界に分け入っていく探検家にとって、何よりも大切な要素でした。

ここまで記事を読んでいただいたみなさん。
よければ、スマホや、PCを閉じて、まわりをぐるりと見渡してみませんか。まずは、深呼吸をひとつ入れて。

じっとすることは、慌ただしく過ごすよりも難しいようです。でも、そこで得られる世界からの手応えは、僕たちの大切な背骨になるんじゃないかな。

 

 

『緩慢の発見』

シュテン ナドルニー (著)、浅井 晶子 (翻訳)

白水社 (2013/10/16)

posted by 飯田 光平

株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。

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