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本に触れる。
その小さなきっかけを届ける
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2020-02-28

思いを、かたちに。本に命を吹き込む「手製本」の世界。

 

 

 

バリューブックスの倉庫には、1日に約2万冊の本が届きますが、買い取れるのはその半分。

次の読み手が見つからない本は、古紙回収にまわされます。

そういった意味で古本屋は、本が本としての役目を終え、最終的に行き着く場所、と言えるかもしれません。

 

捨てられてしまう本の「その後」は、以前の記事でも紹介しました。

 

「本が命を終えるとき-古紙回収のゆくえを追う-」

 

 

でも、本の姿に終わりがあるならば、もちろん始まりもあります。

 

たとえば書店でふと気になった本を手にした時、

その作り手として想像するのは、著者、あるいは出版社でしょうか。

 

しかし実際は、読者のもとへ届けられるまでに、書き手のみならず、校閲者、装幀家、印刷所、製本所など、さまざまな場所で、いくつもの人の手を渡って、本は生まれていきます。

 

バリューブックスに集まる本は、一度は読み手に届けられたものばかりですが、まだ誰の目にも触れられていない、本が生まれる、その瞬間を見てみたいと、製本屋「美篶堂」を訪ねました。

 

 

手仕事から生まれる、つくりのいい本

 

 

バリューブックスのある上田市から車で2時間弱。

遠くに南アルプスを眺む、長野県伊那市に美篶堂の構える工場はあります。

 

 

田舎町あるこの小さな製本屋には、名の知れたデザイナーやクリエイターがこぞって信頼を寄せ、足を運びます。

その理由は、創業から受け継ぐ「手製本」の技術にありました。

 

お話を伺ったのは、美篶堂の代表を務める、上島明子さん。

やわらかな笑顔で迎えてくださいました。

 

 

 

さっそく工場の中へ入ると、まずその静けさに驚きます。

 

製本工場では、3人の職人と10人ほどのパートスタッフが働いていますが、

本づくりにおける多くの作業を担うのは、昔ながらの道具と自らの手先のみ。

 

紙の擦れる音とごうごうと唸るストーブの音が、静寂に響きます。

 

 

もくもくと手を動かすスタッフの間を抜けるように、工場内を案内してくれる明子さん。

「いつなくなるかわからない、絶滅危惧種ですよ」と、笑いながら、でもどこか寂しそうに話します。

 

 

技を磨き、「文化」を引き継ぐ

 

1983年、製本屋美篶堂は、明子さんの父である上島松男さんによって、立ち上がりました。

 

10代の頃から15年の修行の後、東京で起業した松男親方は、第二工場として、この地を選びます。「美篶」という美しい地名が気に入り、そのまま社名として名付けたそうです。(現在は東京には事務所のみを残して、工場機能のすべてをこちらに移されています)

 

当時は、著しく機械化が進み、手仕事の丁寧さよりも、効率重視のものづくりへ移行していく時代。そんな流れに逆らうように、美篶堂は、本の持つ「モノ」としての美しさを追求していきました。

 

職人として磨き上げた技を頼りに、「美術製本」と銘打ち、上製本(ハードカバー本)、和綴じ本(紐で綴じた本)、特装本(特別な装幀の本)の3種類の本をメインに作りはじめます。

 

刷られた紙を、切って、折って、糊を貼り、表紙をくるむ。

 

一冊一冊、本に命を吹き込むように。

 

その手技は、現在、甥である真一さんをはじめ、3人の職人へと引き継がれ、五感を揺さぶる「手仕事の本」を作り続けています。

 

工場の入り口には、美篶堂で手がけた本が並びます。

 

 

「普通の製本会社では、コストのかかる手作業の部分をまず削っていくんです。効率が悪いし、大量生産にはとうてい耐えられませんから。でも、みんながそれをやめてしまったら、手製本という文化がそこで終わってしまいます

 

そう話す明子さんですが、はじめから製本の道へ志したわけではありませんでした。

 

父の跡を継ぐ決心をしたのは、30歳を目前にした頃。

 

フリーランスで雑貨等の商品企画の仕事をしていた明子さんは、「父がいなくなったら会社はどうなるんだろう」と、その存在の貴重さに、ある時ハタと気づきます。そこから、3~4年、製本の仕事をしながら本づくりを学び、文化を継承する担い手のひとりとなっていきました。

 

オリジナル製品を展開するようになったのも、明子さんが参加するようになってから。職人たちの技術と、自らの経験を生かして作った、ハードカバー仕立てのオリジナルノートは、理想の厚み、手触りを再現した美篶堂の人気商品です。

 

ノート(下)には、小口にマーブル染めを採用した

 

手のひらサイズの豆本

 

依頼を受けて作るものの中には、一度に何千部という製本の注文もあれば、一冊だけ作ってほしいというものも注文も届きます。「どのような依頼であっても、最低ひと月はいただきます。量や納期、お客様のご要望に合わせて機械も使うし、すべて手で作ることも。機械を全く使わないというわけではないんです」

 

とはいえ、工場に並ぶのは、創業からあるような古い機械がほとんど。一般的な製本工場と比べると、ずっと手間も時間もかかります。

 

それでも美篶堂では、本に対する特別な愛着を感じてもらうため、人の手による仕事を大切にしています。本を手にした時の、手触りのよさやドキッとする装幀は、心地いい緊張感となって人の心に残ります。

 

工場の隅に鎮座する昔ながらのプレス機

 

紙や布、革など、さまざまな表紙の素材

 

 

 

 

手間を愛おしむ、それぞれの本づくり

 

「美篶堂が存続するためには、製本の依頼をくれるお客様がいてくれないと困るわけですけど、本づくりに携わる作り手がひとり欠けても、お商売は続きません。会社を任されるようになって、私たちが守らなきゃいけないのは、美篶堂だけでなく、本づくりの未来そのものだと考えるようになりました

そして2014年、次世代の育成と伝統を継ぐことを目的に、「本づくり学校」が生まれました。

 

明子さんの製本道具

 

本づくりの教科書となるようにと作った本

 

 

製本のみならず、活版印刷や編集、デザインなど、本づくりにまつわる様々な講師を招き、月に1~2回の授業で1年かけて基礎を学びます。その後、応用科へ進む生徒は、さらにもう1年かけて、高度な技術を身につけていきます。

工場を訪れたこの日はちょうど、本づくり学校の生徒たちによる制作合宿が開催されてました。

2年間の集大成として、それぞれが作りたい本の図面や材料を持ち寄り、企画から構成、印刷、そして製本までのすべてを自分自身で手がけます。

 

生徒のプレゼンを聞きながら本の設計図をメモする明子さん

 

生徒たちが作るのはたとえば、自ら撮り溜めたオーケストラの写真の作品集、新居の模型と写真を小さな箱に納めたもの、日記のように書き貯められた70冊の本の言葉をまとめた一冊、趣味の刺し子のデザインをまとめたジャバラ状の本。

内容も形式も異なる個性溢れる作品が、人の手を通じて紙から本になっていく過程がまた、美しいのです。

 

 

「卒業後、引き続きものづくりがしたいという方は、ほかの製本工房へならいにいってる人もいるし、自分でお教室をもっている方もいれば、ご自分の商品を作って売るお店をつくった人もいます。いよいよ多岐にわたって楽しいです」と明子さんはうれしそうに話します。

 

できあがった生徒の作品は、修了展にてご覧いただけます。

 

本づくり学校 修了展

[日時]3/7(土)〜27(金) 

[時間]11:00~16:00 [ 休]3/8、15、20、21、22

[場所]いのちの木(横浜市都筑区仲町台1-32-21 アルス仲町台せせらぎ公園壱番館102号室)

[本づくりカフェ]3/7、3/14(14:00~18:00)

 

 

「本づくり学校」は、松男親方が理事長を務める「本づくり協会」のサポートのもと、運営されています。

現在、110人ほどの会員が所属する「本づくり協会」では、本づくり学校だけでなく、ワークショップやイベントの運営を行いながら、読者と本づくりの現場をつなげる文化の啓蒙活動を続けています

年一回、発行される会報誌には、本業界で活躍するさまざまな仕事を取り上げ、その裏側にある想いまで丁寧に綴られます。

 

 

会報誌の第二号「言葉と文字と本の関係」で掲載した、詩人・谷川俊太郎さんと書体設計士・鳥海修さんの対談は、その後1冊の本にもなりました。

『本をつくる』(河出書房新社)

 

 

本を巡る新たな循環を目指して

 

本のつくり手を増やしたい、という思いを持つその一方で、本を循環させる仕組みを作りたい、という願いが明子さんにはあります。

 

「アイルランドに古書店と修理工場を併設して運営している人たちがいて、昔、私たちを訪ねてくれたんです。なんて素晴らしい仕事があるんだろうと、感動したのをよく覚えています」

 

日本でもそんな場を作れないだろうか、と夢のように思っていたところ、バリューブックスとの出会いがありました。そして、古本屋であるバリューブックスもまた、同じ夢を抱いていました。市場価値がなくなってしまった本でも、一手間加えることで、新たな価値が生み出せるのではないかと。

 

そんなタイミングで、EDITHONの櫛田理さんから両社に声がかかり、バリューブックスの古本から櫛田さんの選書したものを、本づくり協会(美篶堂)で文庫本の表紙を仕立て直し、販売するプロジェクト「サード・ハンド・ブックス」が立ち上がりました。

 

 

「サード・ハンド・ブックス」は

本としての内容力は少しも失っていないのに

傷みや破れ、汚れがあるために

回収や廃棄にまわる本を救い出します。

 

傷ついた本たちを

職人の手わざで一冊ずつ製本し直すことで

本として生きる第三の道を照らし出す

実験プロジェクトです。

 

 

生まれ変わった文庫本は、上製本とがんだれ製本の2種類を用意していただきました。

現在、リニューアル休業中のバリューブックスの実店舗「Books&Cafe NABO」にて、展示販売中です。

統一された装幀は、並べてみるとより一層その美しさがわかります。

 

 

アイコンとなるイラストは、イラストレーターの望月通陽さんによるもの

 

情報を可能な限り削ぎ落とした表紙。

さりげなく添えられたタイトルの一文がより胸に響きます。

それがよく知った本であっても、きっと新しい魅力に出会えるはず。

サード・ハンド・ブックス〈展示販売会〉

日時:2/22(土)〜3/2(月)

会場:Books&Cafe NABO(長野県上田市中央2-14-31 )

詳細はこちら。

https://www.facebook.com/events/597407014445536/

 

ゆくゆくは、作り手と出版社、本屋のなかで、価値のある本を循環させる道筋を作っていきたい、と明子さんは話します。

 

「出版社に返品されてきた本の中で傷ついたものは、たとえ新品であっても、販売することができません。自分で作ったものを、自ら捨てるのも心苦しいことだと思います。もし、生まれ変わってもう一度読者に届けることができたなら、お互いにとって良い形になることでしょう。サード・ハンド・ブックスがその足がかりになれば」

 

posted by 北村 有沙

石川県生まれ。上京後、雑誌の編集者として働く。取材をきっかけにバリューブックスに興味を持ち、あれよあれよと上田へ移住。好きなものはサウナとビール。

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