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2024-12-16
2019-10-21
バリューブックスの飯田です。
今回、僕たちは縁あって、新潟少年学院を訪れました。
少年院とは、家庭裁判所の判断で送致させられた未成年の少年・少女たちが、矯正教育を受ける施設。
実は、バリューブックスは少年院の図書整備に協力することが何度かあり、ここ、新潟少年学院にも本を卸したことがありました。
ただ、少年院に本を販売する機会は何度かあっても、本が並んでいる現場を実際に見ることは、ほとんどありませんでした。もちろん、その本を手にするであろう少年・少女たちと接することも。
そんななか、新潟少年学院のご厚意もあり、少年院の施設を見学し、そこに収容される”彼ら”とも実際に話す機会を得ました。
また、法務教官の方と相談するなかで、老人ホームの方々に寄贈する本を少年たちにクリーニングしてもらう、というワークショップも実現することとなりました。
実は、今回の訪問は、今年の夏に行われたものでした。
その報告に何ヶ月もかかってしまったのは、ひとえに、自分が見聞きしたことをどう言葉に落とせばいいのか、分からないまま悩み抜いていたからです。
自分のなかの拭いきれない偏見と、腹の底に溜まる黒いモヤモヤとした感情。
今回の体験をなんとかそれらしい言葉に置き換えるたびに、自分が書いた言葉に自分が納得いかなくて、いつも原稿は真っ白に戻っていきました。
こんなまとまらない感情を、記事として世に出すべきではないんじゃないか。
何度もそう思い、でもそれは自分が体験したことから目を背けるような気もして、ずっとグルグルと考えている間に季節はすっかり秋へと移ってしまいました。
でも、それでも、ほんとうにゆっくりとではあるけれど、自分の言葉が出てくるようになりました。
いえ、もっと正直に言えば、モヤモヤとした思いをそのまま書き出す覚悟ができてきた、ということかも知れません。
新潟から長野へ。
帰ってきてから、ずっと考えていました。
塀を飛び越えて少年院の中に入り、少年たちと接し、また塀の外へ出ていく自分は、いったい何なのだろう。
その問いかけは、今だってずっと頭のなかで消えずに残っています。
今回の記事は、僕たちや少年院の活動についての紹介というよりも、僕自身がそこで受けた衝撃を書き記す、極私的なものになってしまいました。
それは、おおいに僕の力不足であるのだけど、この経験を公にすることに、わずかながらの意味もあるんじゃないかと信じています。
とても長い前書きになってしまったけれど、ぜひ、ご一読いただけると嬉しいです。
新潟少年学院に到着した僕たちの最初の仕事は、少年たちとの挨拶と、会社紹介と、午後のブッククリーニングについての説明。
教室まで、何度も鍵をかけた重たい扉を開けて進みました。その度に、今から自分たちは”違う世界”に入っていくんだ、という実感が増していきます。
施設の中と外。
同じように夏空が広がり、同じように蒸し暑いのに、さっきまでとは別の世界に感じていることが、とても印象に残っています。
空き教室に入り、準備を進めていると、「そろそろ、少年たちが入ります」というアナウンス。
どんな子たちが来るんだろう。
どんな表情で待っていればいんだろう。
自分が十分な心構えができていなかったことを感じながら、少年たちの到着を待ちます。
廊下から、たくさんの人が歩いてくる足音が聞こえました。
「失礼します!」とはっきりした声を上げながら、ずらりと並べられた席に座る少年たち。
雑談することもなく、静かに、まっすぐと前を見つめています。
指示があったわけでもないのに、彼らのほとんどがギュッと握った拳を膝の上に置いていました。
そして、法務教官の方から挨拶の号令がかかります。
「よろしくお願いします」
こうして言葉にするとうまく共有できないのですが、「よろしくお願いします」のイントネーションが、実に独特なんです。
日常では使うことのない抑揚なのに、彼らが全員が調子を合わせてピッタリと挨拶することで、ここではふだん自分が過ごすのとは異なる生活空間が、しっかりと営まれていることを痛感しました。
会社説明をする、バリューブックスの中村聖徳。
僕たちもそれぞれの自己紹介をし、会社説明を始めました。
古本を扱うというのは、具体的にどういった仕事なのか。
バリューブックスは、どんな組織なのか。
少年たちからは、こちらがたじろいでしまうぐらい、真剣なまなざしが注がれます。
僕たちの仕事について話し終えたら、「ブッククリーニング」についての説明。
老人ホームに寄贈予定の本のクリーニングを、彼らに手伝ってもらいます。
一通り説明が終わったら、一旦解散。この後は、ブッククリーニングを行う校舎の庭に集合することになります。
「ありがとうございました」と、始めのように大きな声で挨拶し、教室を出ていく彼ら。
最後の少年が出て行ったあと、ホッと一息つくとともに、自分が張り詰めていたことを実感しました。
たくさんの少年たちに、真正面から見つめられていたこと。
そして、そんな彼らを僕がどのように見ればいいのか、その手がかりを得られていなかったこと。
いま振り返ると、その二点が僕を緊張させていたのだと思います。
そして、次はブッククリーニングの準備。
彼らには、
・老人ホームで過ごすおじいちゃん・おばあちゃんに渡す本選び
・選んだ本のクリーニング
をお願いします。
快晴の中の、ブックバスとたくさんの本。
ここだけ見れば、まるで何かのイベントのような景色です。
でも、当然のことながらここは少年院の敷地内。
はじめから終わりまで、教官の方がじっと作業を見つめる姿を見て、「そうか、ここは少年院なんだな」と再確認します。
暑い夏の真っ盛り。
比較的涼しい上田とは違って、新潟では空気がじんわりと水気をはらみ、準備している僕らのシャツも汗ばんでピタッと体に貼り付きます。
法務教官の方々の協力も得ながら、設営は完了。
先ほどと同じように、たくさんの人間が規則正しく歩くザッザッという足音を耳にしながら、彼らの到着を待ちます。
一方的な会社説明とは違って、ここからは少年たちと一緒の共同作業。
果たしてうまくコミュニケーションを取ることができるのか。
僕たちにもじんわりと緊張が走りますが、それはきっと、彼にとっても同じことだったかも知れません。
さぁ、クリーニングが始まりました。
意外だったのは、時おり教官の方と少年たちが親しげに話すところ。どこか、私語も許されないような厳格な雰囲気を想像していたので、少し驚かされました。
でも、そこで思い出したのが、ここが矯正施設であると同時に、学校でもあるということ。
少年たちと教官。彼らは、生徒と先生という間柄でもあるんです。
同じように、僕たちも彼らと話し合いながら、作業を進めていきます。
汚れはどこまで落とせばいいのか、アルコール液はどれぐらい使えばいいのか。
分からないことがあれば、彼らから質問が飛んできます。
おたがい、目の前の本に集中しながらのコミュニケーションということもあってか、緊張に縛られずスムーズに会話できた気がします。
ブッククリーニングと並行して行ったのが、質疑応答。
僕たちの会社説明を受けて、彼らが感じた疑問や聞きたいことを、挙手制で質問してもらいます。
その質問が、またとても強烈で。
<僕はここに来て本が好きになったけど、ただ楽しんで読んでいるだけです。本を読むことで人はどのように変わっていくのかを知りたいです。>
<今回事前にパンフレットを拝見したんですが、すごく分かりやすくて。人に何かを発信するときに意識していることはありますか。>
<好きなことを仕事にできたのか、仕事を好きになったのか、教えてください。>
<本って、人に何かを伝えるためのものだと思うんですけど、歌とかもそのひとつだと思います。その上で、本が持つ力を教えていただきたいです。>
鋭い質問が出るたびに、思わず笑ってしまいました。
質問が面白おかしいわけではなく、こちらが試される問いかけの重みに、「えーと…… 鋭い質問ですね」と苦笑を浮かべながら、答えを考える時間をひねり出すしかなくて。
教官が促すまでもなく、質問が終わるたびに次々と挙がる手。僕たちが少年たちと接する機会がほとんどないように、彼らも外の人たちとやりとりすることはほとんどありません。
この数少ない機会を十二分に使って、聞きたいことを聞こう。そんな熱気が、質疑応答を行う体育館に満ちていました。
どの質問も印象深かったけれど、一番ズシンと体に重みを感じたのが、
<どうしてここに来たんですか>
という問いかけ。
ほんとうに、この一言だけの質問を、まっすぐこちらを見据えながら聞かれました。
バリューブックスが図書の整備に関わっていること、その現場を自分たちでも知っておきたいと考えていること、もっと自分たちに協力できることがあるだろうかと探していること。
正直に、自分たちの思いを話しました。
でも、質疑応答を終えたあとも、この問いかけはずっと頭の中でリフレインしていました。
どうして、僕はここにやって来たんだろう。
はっきりした答えを、持ち合わせているだろうか。
訪問の最後に、新潟少年学院の院長、馬場尚文さんに話をお聞きしました。
新潟少年学院は、どういった場所で、何を目指しているのか。改めてその役割をインタビューしていきます。
── 今回は、貴重な機会をありがとうございました。外部の人間が少年たちと直接コミュニケーションする機会って、とても珍しいことですよね。
ええ、めったにないことです。ただ、私たちにとっても、彼らがこうして外の人たちと関わるタイミングをつくれるのは、ありがたいことなんです。もっと言えば、それは少年たちに限った話ではなくて。
── というと?
ここで働いている、法務教官たちですね。彼らがふだん接しているのは、少年たちはもちろんですが、ほかは同じような少年院関係者ばかりなんです。こうして外の会社が何を考え、どのように働いているのか。それを知ることは、私たちにとってもよい刺激になりますから。
こうしたプロジェクトの運営自体も、僕が仕切れば特に問題なく回るかも知れません。でも、それだと参加できる職員の数が少なくなってしまう。ですので、今回は広範囲の職員に業務を割り振って、多くのメンバーに役割を持ってもらったんです。それこそ、どういう形のプロジェクトにするのがよいのか、法務教官が直接上田市のバリューブックスさんのところにお伺いし、見学や相談をさせてもらったりして。
バリューブックスさんに会社の説明をしてもらう、本のクリーニングを行おう、というのは彼がそうやってバリューさんとの打ち合わせの中で考えていったものなんです。職員が自ら、少年指導も含めた大きな行事を行うというのは、実は大変な作業でして。でも、だからこそ色々なことを職員が学べる機会になったと思っています。
少年たちからも、肯定的な感想が出ていました。
── それは、よかったです。実際にやりとりをしていると、子供のようにキラキラした表情の子がいたり、逆に大人びた表情で見つめる子がいたりと、様々な少年がいました。意外だったのは、彼らの理解力で。時々、こちらがハッとするような鋭い質問も飛んでくる。なので、クリーニングの説明をパワーポイントを使ってする時に、アドリブで漢字にふりがなを振ったんですが、今考えると子供扱いしてしまったような気もしていて。
いえいえ、そこは丁寧に対応していただいたな、と思っています。お気づきのとおり、様々な少年がいて、学習面の力もばらつきがあります。なので、伝わるように丁寧にせざるを得ませんね。少年院の中で生徒たちに配る紙にも、すべてルビを振ってあるんです。
── そもそも、少年院は何をする場所なのか、改めてお聞きできますか?
シンプルにまとめると、少年たちの健全育成と、円滑な社会復帰を目指す場所です。様々なプログラムをこなしながら、社会復帰の支援を行うための場所ですね。
── 新潟少年学院に入るのは、どんな子たちなんですか?
新潟少年学院は、カテゴリーとしては広い範囲をカバーしています。入院者が限定される少年院もあるんです。肉体面、もしくは精神面で医療措置が必要な子が入るところや、非行の傾向が進んでいると判断された子が入るところがあったり。ここに入院するのは、言ってしまえば”それ以外”の少年たちです。社会にいれば、ふつうに学校に通っているような子たち。
── 年齢としては、どんな枠なんですか?
入院する年齢は16歳5ヶ月以上、20歳未満が条件です。一番多いのは、18〜19歳の少年ですね。でも、中には入院時に19歳11ヶ月、もうすぐ誕生日なんて子もいます。その場合は、20歳を迎えても1年間は入院を延ばすことができます。それでも足りないと裁判官が判断すれば、さらに収容を延ばす場合もありますが、通常は11ヶ月です。その1年弱で、教育を行っていきます。
── なるほど、高校生から大学生ぐらいの年齢層なんですね。ちなみに、広い範囲の少年たちが入るというお話でしたけど、具体的にはどういった理由でここにやってくるんでしょうか。たとえば、おそらく万引きをしただけでは少年院には入りませんよね。どんな一線を越えると、少年院に入るのか。
少年院に入るには、非行事実があることが前提になります。ただ、それとは別に要保護生、という観点も重要になってくるんです。要保護性とは、保護する必要がある、という意味ですね。少年院に入るかどうかは、家庭裁判所の調査官、もしくは少年鑑別所の審理期間が、その子の性格や生育歴、非行歴、身辺などを調査して決定します。なかには、非常に微罪でも少年院に入ることがあるんです。このまま元の生活に戻っても、再び非行を行なってしまう可能性が高い。そう判断されてここにやってくる子たちもいます。
── ある意味、彼らを守る施設でもある、と。
はい。そうした非行の可能性が高い少年・少女を「虞犯(ぐはん)」と呼ぶのですが、彼らをその環境から引き離すために保護する、という意味もあるんです。内訳としては、近年の傾向として特殊詐欺、いわゆるオレオレ詐欺に関わっていた子たちの数が増えてきています。ここ3〜4年の状況を見ても、入院者の3割がそれにあたります。これは最も多い割合で、そのあとに窃盗や傷害が並んでいる状況です。
── 詐欺が一番多い理由なんですね。法務教官の方から聞いた、特殊詐欺の組織は会社然としている、という話が印象的でした。そこで働く少年たちは、自分たちの行為を犯罪というよりも仕事だと思えて、それによって自分はふつうの人間だと感じることができる。つまり、少年たちの「ふつうに働きたい」という欲求を、特殊詐欺の組織が巧みに叶えてあげている。実際、質疑応答の時も、仕事に関する質問がとても多かったです。それは、これまでの思いもあるだろうし、少年院を出たあとにちゃんと働けるんだろうか、というこれからの思いもあるんじゃないかと感じました。
ええ、そこへの関心は、強くあると思います。彼らの学歴も、その70%は中卒、もしくは高校中退になります。そこだけを見ても、社会に出たときの働く選択肢がほとんどないわけです。そもそも、求人がないんです。高校の卒業資格を持っていると、求人数は大きく増えるんですが、中卒となるととても難しい。なので、希望者には高卒認定を目指すコースを受けられるようにしています。
── そのお話を聞いていると、卒院しても仕事ない、食べていくことができない、だからまた犯罪をするしかない、といった道筋を想像してしまいます。
それも、ある話です。仕事が重要なのは、もちろんそれによってお金を稼ぐこともあるんですが、会社に所属している、という点も大きいんです。逆に言えば、卒院しても所属するところがない、という状態が危うい。会社であれ学校であれ、どこかに所属していれば、朝にきちんと起きてそこに通う、という生活のリズムが形成されますよね。そんな風に、日々の生活を安定させることが重要なんです。所属する場所がなく、生活のリズムも乱れている。そんなときに昔の仲間たちから声かけられたりすると、どうしてもそっちにまた戻ってしまうことも多くなってきて。
── 少年院も、そうした規則的な生活を行う場所になっているわけですね。
そうです。形としては寮生活の学校に近いかも知れません。バリューブックスさんに会社説明をしてもらったとき、教室に少年たちを集めましたよね。あのような形で、数学には数学の、国語には国語の講師を外部からお呼びして、授業を行うんです。
── 新潟少年学院とバリューブックスのつながりは、少年たちの寮の図書整備がきっかけでしたよね。この、寮の本棚というのは、どなたがどのようにして考えているんですか?
基本的には、教官たちで話し合いながら考えています。企画調整、と呼ばれる矯正教育のプランを考えたり必要なものを購入する部署がありまして、彼らと、寮を監督する職員で話し合うんです。とはいえ、図書購入という形で配分されている予算は少ないので、どんどん本を買っているとたちまちなくなってしまう。ですので、バリューブックスさんからユーズドの本を安価に購入できるのは、ありがたいです。
── 彼らが、こうした本棚以外で本と触れ合う機会もあるんですか?
あります。親御さんが差し入れてくれたり、自分で購入したりすることもありますね。もともと自分が持っていたお金で買うこともありますし、職業指導を受けているとわずかですが報奨金ももらえるので、それを使用したりして。
── リップサービスもあるかも知れませんが、「ここに入って本を読むのが好きになりました」と答える子がちらほらといて、印象的でした。
ああ、それは嬉しい反応ですね。ここでは、彼らはそれまでとは違った生活を送るわけですが、それでも11ヶ月の間しかいないんです。なので、ここにいる間は、ここにいるからこそできることをしてもらえたら、と思っています。ゆっくり本に触れる、というのもここでしかできないことですから。
だからこそ、本はもっと充実させたい、と思っているんです。もともと本に触れてこなかった子からしたら、「何を読みたいか」と聞かれても困るでしょうからね。なので、まずは様々な本が並んでいる状態をつくりたいんです。
── ああ、たしかにそうですね。
── ……あの、最後にひとつだけよいですか? 質問というより、感想というか、僕自身の戸惑いになるんですが。
ええ、なんでしょう。
── 今回、少年院に入っている彼らと接していて、終始自分が「彼らをフラットに見ることができない」という思いを持ち続けていたんです。
フラット。
── はい。一見、彼らは普通の高校生のように見えます。ちょっと緊張はしているけれど、ときおり無邪気に笑ったり、真剣なまなざしでこちらを見たり。こちらも緊張がとけてきて、違和感なくコミュニケーションを取るのですが、「でも、彼らは罪を犯してここにやってきたんだ」という意識が、頭にもたげてしまうんです。いま、僕の目の前にいるのはただの少年なのに、その前提情報が自分のまなざしを歪めてしまう。気がつくと、彼らを黒く見ようとしてしまっているんです。
ああ、なるほど。
── でも、その意識が強まると、逆に反転してしまうんです。今回同行した人たちからも、「なんていい子たちだったんだろう」「真面目な少年たちだったね」という声が聞こえることがありました。でもそれも、なんというか、過度に少年たちに純粋さを見出そうとしてるように思えてしまって。
ええ。
── 彼らは、犯罪を犯してしまう環境にいた”被害者”だったんだと言える部分もあるわけです。ただ、そうやって白く見ようとする目線にも、違和感を覚えてしまって。だって、僕たちが接する限りは、そこにいたのは”ふつうの少年”だったんです。そうやって、悪い子なのか、もしくは良い子なのか、どうしてもどちらかのラベルを彼らに貼った上で接しそうになる、自分の偏見が怖くなってしまって。
……そうでしたか。それは、鋭い指摘だと思います。施設を見学されたみなさん、言ってくれます。「みんないい子たちですね」と。少年たちはいろいろな事情を抱えてここに来ているわけですが、見学者の方々はその内容を知らないので、トータルで判断するのは難しいですよね。
われわれ法務教官も、みなさんが言う「いい子だね」という部分を感じることもあるんです。でも同時に、彼らの暗黒面を垣間見る瞬間だって、あります。私たちは、そういうのを引っくるめて彼らと付き合い、信頼関係を結ぼうとしています。
── 僕自身も、「いい子たちだな」という印象を感じる瞬間はあったんです。彼らは、悪意に満ちた人間ではなくて、ふつうの少年のようにも見える。でも、たしかに何らかの罪を犯してここに来ていて、その被害者の人たちもいる。彼らと接するときに、その折り合いを自分のなかでうまくつけられないままなんです。
少年院の使命って、大きくふたつあると思っているんです。まずは、自分の犯したことと向き合い、更生していくこと。反省、という表現では言葉が軽いけれど、自分が過去にしたことを振り返り、また、その被害者についても深く考えていかなければいけない。
もうひとつが、再犯防止。出院したあとに、また犯罪を犯さなくてよいように、指導していく。彼らがきちんと自立して社会復帰を果たすこと、つまり彼らの未来を考えることが、次の犯罪をなくすことに繋がっていく。
でも、この2つは別々のものではなく、地続きの課題です。次の被害者を生まない、というのはとても大切だけど、すでに犯罪を犯してここにやってきているわけです。自分がしたこと、自分自身の問題ととことん向き合うことが、何よりも重要だと考えています。
そもそも、施設に入ったことで更生できたかどうかって、正確には分からないことなんですよね。統計的には、その判断は出院後の2年間と言われていて、私たちもその期間での再入所率を見ています。でも、当たり前ですが、人生はもっと長いわけです。10年後に犯罪を犯したら、それは再犯と言えるのか。そこの終着点を見いだすのは、とても難しいです。ときどき、出院した子から、真っ当になって仕事をしています、といった報告を受けることもあります。それだって、更生にいたったかどうかが決まるわけではないけれど、ひとつ、「よかったね」と思えるんです。出院していった少年たちみんなと触れ合うわけではないので、そうした報告を受ける機会はとても少ないですけどね。
── そうか、彼らの”その後”を知る機会って、ほんとんどないわけですね。
ええ。でも、最近新しい法律ができたんです。
── 新しい法律。
これまでは、出院者と法務教官が触れ合うのは、あまりよくないこととされていました。ただ逆に、新しい法律が制定されたことによって、困ったことがあったら電話してきていい、会いにきていい、というのがきちんと決まったんです。
第二十一章 補則
(退院者等からの相談)
第百四十六条 少年院の長は、退院し、若しくは仮退院した者又はその保護者その他相当と認める者から、退院し、又は仮退院した者の交友関係、進路選択その他健全な社会生活を営む上での各般の問題について相談を求められた場合において、相当と認めるときは、少年院の職員にその相談に応じさせることができる。
この法律が特徴的なのは、少年たちが施設を出て何十年経とうと、相談できるという点なんです。通常、少年院を出ると保護観察がつきますが、それは20歳になると終了します。でもこの制度では、保護観察が終わったしても相談はできるんです。事実、ぽつぽつと電話がかかってきます。
── ああ、そうなんですね。実際に、出院してからも困ったことがあって、電話が来ているということですか?
そういった相談もありますが、どちらかと言えば、「学校に行き始めました」「就職できました」という報告が多いですね。先生、頑張ることができました、て。彼らが少年院に入っていたという事実を知っている人は、少ないです。学校や職場でも、知られているとは限りませんから。
── そうか、この施設が、数少ない理解者になりうる、ということですね。
はい。ただ、あくまでも、連絡するのはこちらからではなく、少年たちからか、その保護者や引受人といった関係者からのみになります。それでも、以前と比べればずっといい制度ですね。誰とも繋がらずに、孤立してまうこと。それが、一番こわいことなので。
濃密な時間を経て、僕たちは新潟をあとにしました。
<どうしてここに来たんですか>
その問いかけは、帰りの車の中でもずっと鳴り響いていたけれど、ひとつ、回答を付け加えるのならば、「君たちを知りたいから」と言いたいです。
少年院に入っている少年は、いったいどんな人たちなのだろう。分からない。その分からなさが膨らんでいって、「なんだか怖い」という思いへと変わっていく。
分からない、知らないものを、僕たちは怖がってしまう。そしてそれは、彼らもきっと同じなのだろうと、感じました。だって、僕たちが緊張していたように、彼らもまた、とても緊張していたのだから。
それは後付けの理由かも知れないけれど、僕は、彼らを知るために、新潟少年学院を訪れました。
そして、そこで知ったことを届けるために、この記事を書きました。
まだ、自分の中でうずまく気持ちを捉えるのには時間がかかりそうだけど、それだけは、はっきりと言えることができるようになりました。
posted by 飯田 光平
株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。
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