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2019-09-30

魂のかたまりを手渡していく <写真集『隙ある風景』 日下慶太インタビュー>

 

「飯田くん、本つくりたいねんけど、バリューブックスからダンボールってもらえるかな?」

 

意味が分からず、聞き間違いかと思って戸惑っていたら、その言葉通りのことだと知ってさらに困惑したのは、今年の2月のこと。

たまたま上田に講演に来ていた、コピーライターの日下慶太さん。

バリューブックスの倉庫を案内していると、積み重なったダンボールの山を見て彼の目が変わった。

 

ダンボールを表紙にあしらった本をつくろうと思っていること。
そのために、近所のコンビニを回ったけどすべて断られたこと。
なるべく、ご当地の個性的なダンボールを集めたいということ。

 

ダンボールへの執念を燃やしながら、これまでの経緯を話す日下さん。

ええ、ええ、うちのでよければ、と気圧されながら快諾すると、そこから日下さん(大阪在住)の上田出張が繰り返されることとなりました。

 

 

そして出来上がった、唯一無二のダンボール写真集、『隙ある風景』。

手書きのタイトル、ガムテープ貼りの背表紙、スーパーの割引品のようなシール、そしてもちろん、表紙のダンボール。

どこを取ってもふざけ倒している写真集です。

 

果たしてどうしてこんな本が生まれてしまったのか、改めて日下さんに話してもらうことにしましょう。

聞き手は私、飯田です。

アホっぽい本だけど、あんがい、誠実なものづくりの話となっていきました。

 

日下慶太 / ケイタタ。
1976年 大阪生まれ大阪在住。普段はコピーライターとして広告会社で働きながら、隙を見つけては写真活動を続けている。ツッコミたくなる風景ばかりを集めた『隙ある風景』日々更新。2018年6月に小説的自伝「迷子のコピーライター」を出版した。UFOを呼ぶためのバンド「エンバーン」のリーダーとしても活動している。召喚成功率は現在約60%。コピーライターとして佐治敬三賞、グッドデザイン賞、東京コピーライターズクラブ最高新人賞など多数受賞している。
(飯田注:なんだか冗談みたいなプロフィールだ)

 

写真は逃げ場だった

 

 

 

—— ここに載ってる写真は全部、もともとブログに上げていたんですよね。本と同じタイトルの、隙ある風景

そう。もう10年やってるね。

—— 10年! それは、趣味として?

趣味…… どちらかと言うと、ライフワークに近いかなぁ。大学生の時、写真を始めたんよね。海外に行ったりして。中国、ロシア、インド、ネパール、アフガニスタン、トルコ。全部陸路でね。社会人になってもカメラは続けたくて。ほんとはカメラマンになりたかったのよね。

—— へぇ。その時の写真は、今のものとは違ったんですか?

全然ちゃう(笑) ナショナルジオグラフィックみたいなのを目指してたね。

 

ケニア マサイマラ 2008

 

インド アムリトサル 2000

 

エチオピア ラリベラ 2008

 

ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』を読んで感化されたりしてね。

—— どうして、ていうのも野暮ですけど、気がついたら写真が好きだったんですか?

俺らの時は、写真が流行ってたんよね。ヒロミックスがデビューしたりさ。カメラやってそこからモテる、みたいな空気もあったしね。

で、親父の古い一眼レフを借りて、大学の友達と神戸の街の写真を撮りに行って。そのうち最新の一眼レフを買って、会社に入ってからは休みごとに旅行に行って撮るようになった。でも、旅行で撮る写真って、どうしても表面的なモノになっちゃうんだよなぁ。子供が笑ってる写真、とかね。

—— じゃあその時は、撮る写真も海外ばかり。

そう、日本では全然撮ってなくて。でも、写真は逃げ場でもあったかな。

—— 逃げ場。

 

 

そう。仕事で面白いことがなかなかできなくてね。

—— 日下さんは、電通で働く社員でもありますよね。

写真撮るのは面白いし、なにより、ひとりで完結するやん。広告って、いろいろな人との関わり合いだから。クライアントだったり、デザイナーだったり。だからこそ、全部ひとりでつくりたい、て気持ちも膨れてきて。写真を撮ることで、自分のものづくりのバランスを取ってるところはあったかな。

—— だから、趣味というより、ライフワークって表現なんですね。

海外を撮った写真は、キヤノンの写真新世紀に出したりもしたけど、引っかからなかったねぇ。でも、その理由も分かってた。表面的というか、深いところを撮れてない。

 

 

そこで、毎日撮れる写真を始めたいな、て感じるようになって。そう思って街を歩いてると、寝てる人めっちゃいるな、変なおっさん多いな、て気がつくようになったんよ。都市のバグ、ていうのかな。続けるためにブログに上げようと思ってさ。自分のためのトレーニング、て意味合いもあったかな。

それまでは、どこかに行かないと、それこそ世界の果てぐらいに行かないと、いいのって撮れないと思ってた。でも、自分の周りにも意外とあるんやな、感じられてきて。

—— それって、撮る対象がガラッと変わってますよね。非日常から、日常へ。

たしかにそうやね。でも、ルーマニアに行ったときに、酔っ払ったおっさんの写真を撮ったのよ。それがすごくよくて。「俺が撮りたいのは、これかも知れん」て何となく分かってさ。人の無防備なところを撮りたかったんやろうね。

 

ルーマニア マラムレシュ 2004

 

—— タイトルにもある、”隙”。

うん。たとえば、サラリーマンってふだんはかっちりしてるけど、ビジネスの電話してると周りが見えなくなったりするやん。ほかにも、車の中っていうプライベートな空間に入った途端、ボーッとしちゃう人がいたりね。そうした、人間の無防備な瞬間に惹かれるんやろうね。

—— 思いもかけず出てしまう、人間の素の部分。

そうそう。

 

 

言葉を足すことで世界観が加速する

 

 

—— でも、本にしようと思いながら撮り溜めてきたわけではないですよね。

うん、ではないねぇ。いつかしたいな、とは思っていたんだけどね。

—— じゃあ、どうしてこのタイミングで?

『隙ある風景』をデザインしてくれたアートディレクターの正親篤(おうぎ あつし)さんが、「会社やめるから、日下の写真成仏させたるわ」て言ってくれて。正親さんがやってくれるなんて贅沢すぎる。だからこれを機に、と思って写真をセレクトしたんよ。正親さんには一生頭が上がらへん。

 

バリューブックスの倉庫で大量のダンボールをトリミングする正親篤さん。高校生たちの切れ味あるダンスが光るポカリスエットのCMや、九州新幹線が全線開通した時に話題となった『祝!九州』のCMを手がけた、かなりの凄腕。

 

—— へぇ! でも、ほんとうに変わった本ですよね。どういう話でこの形になっていったんですか?

あ!

—— え?

そうだ、その前に一回、ZINEでつくってたんよ。忘れてた(笑)

—— (笑)

 

奇跡的にインタビューを行うお店の奥から出てきた、初代『隙ある風景』。

 

—— あ、でも今の形に近いですね。これは自分で?

そう、ZINEのイベントがあったから、そのためにつくったんよね。去年の7月やね。100冊ぐらいかな、結構売れて。これが原型としてあったんだよね。いやぁ、忘れてた。

—— これが、今回の『隙ある風景』の土台になったんですね。

うん。でも、このZINEをしっかりした写真集にするつもりはなかってん。

—— ある程度やりきったから?

そうそう。とはいえ、このZINEには写真集としてのパワーはないのも分かってた。自分でデザインはできひんし、イラレが使えなかったらKeynoteてプレゼン用のソフト使ったりしてね。そんなところに、正親さんが現れてくれたのよ。

—— 渡りに船だ。

そこからは、デザインは正親さんに任せて、僕は使う写真の選定。

 

 

—— 写真集にするって、選ぶ行為ですよね。選ばれたものと選ばれなかったもの、その差はなんだったのかが気になります。

言葉との関係、てのはあるかな。写真につける言葉が思いつかなかったものは、はずしたり。

—— 言葉。たしかに、この本にとっては写真と同じくらいの肝ですよね。

うん、最高なのは、写真の強さと言葉が両立しているもの。これとかね。

 

 

 

—— その鼻くそをどうする……

これはさ、タイトルがないとなんのこっちゃ分からんやん。写真自体で面白さが成立しているものもあるけど、言葉があることで新しい視点が生まれたりする。

—— なるほど! 写真に沿って言葉があるものと、「こういう風に見てくれ」て写真の見方を提案しているものがあるんですね。写真自体で完結してる面白さじゃない。

そう、写真集だからあくまで写真がメインなんだけど、言葉を足すことで世界観が加速する。写真と言葉の絶妙な関係は、コピーライターとして学んできたことなのね。キャッチコピーって、写真が語っていることを言葉にしても面白くないねん。ちょっとずらす。その距離感は、コピーライターを長年やって習得したひとつの技能だと思ってる。

 

 

でも、はじめは写真への言葉の落とし方が分からなかったんよ。今回でちょっとそれが分かったかな。

たとえば、タイトルと別に、ちょっとした説明があったとしてもいいかも知れへんやん。でも、あえてタイトルだけにするのが気持ちいいな、て。それに、キャッチコピーって写真の中に入るものなんよね。だから、今回もタイトルを写真の中に入れるかを結構迷って。

—— ああ、たしかに。でも、今の形であってると思います。中に入れると、「どう中に入れるか」も重要になるじゃないですか。

うんうん。

—— そうすると、特徴のある写真と食い合っちゃうというか、すでに美味しい料理にめっちゃ美味しいふりかけかけてる、みたいになりそう。

分かる分かる! そんな風に、タイトルの大きさとかも含めて、写真と言葉の関係性は正親さんといろいろ話しあったなぁ。

 

 

自分が面白いと思うものに、きちんと対価をいただく

 

 

—— でも、ほんとうにイカした装丁だよなぁ。かっこよさと野暮ったさのグラデーションを、上手に泳いでる本ですよね。

これな、サイズも微妙に正方形じゃないんよ。

—— え?

上下だけ、3mmぐらい短くしてて。アホ長方形、て呼んでるんやけど。

—— なんて細かなこだわり…… 整いすぎないように、という調整ですね。

うん、正親さんが写真集自体を”隙ある存在”にしようとしてくれた気がする。デザインや中のレイアウトもだし、モノとしてもね。それこそ、ダンボールの表紙とかね。

—— これ、そもそもなんでダンボールなんですか?

僕がホームレスみたいやったからかなぁ。

 

 

—— (笑) あ、じゃあ正親さんからの提案だったんですね。

そう。もう、デザインもつくってきはって。それを、印刷を担当してくれた藤原印刷に伝えて。そこからは、どうやってダンボールをカットしようか、強度はいけるか、て打ち合わせを重ねて。

—— 藤原印刷も初めての取り組みだから、検証しながらだったんですね。

そう! そんでね、いろんな無理難題に藤原印刷は一回も「NO」て言わないのよ。ほかの印刷会社だったら、すぐに「無理です」て言われてたんちゃうかな。

—— いやぁ、さすがですね。よく見ると、雑っぽい見た目なのにしっかり製本されてるのが分かる。

 

「NO」と言わないばかりか、ダンボール集めにも馳せ参じる藤原印刷の藤原隆充さん(左)。

 

—— 本の販売は、書店で?

『隙ある風景』は書店さんにも卸してるけど、自分でも売ってみてるんよね。ブックフェアでは相手の顔を見ながら売れるし、メールでは「どんな表紙がいいですか?」てその人の好みを聞ける。めっちゃしんどいけど、いっぺん全部自分でやってみたくて。

 

—— モノをつくる、て自分が経営者ですもんね。何部刷るのかか、いくらにするか。全部自分が決めて、自分が責任を取る。

そう、形になるにつれてすごく大変な作業になることが分かったから、「これは自分が楽しくないとめっちゃ損するぞ」て思ってきて。当たり前やけど、在庫は全部自分で抱えるわけやん。売れんかったらどうしよう、値付けミスったらどうしよう、て。手作業も多い本から、結構コストがかかることも次第に分かってきて。

最初は、2000円代で出そうと思ってて。並製でシンプルなつくりにして、紙もこだわらなければいけるかな、て計算してさ。いろんな人に手に取ってもらうためにも、価格って大事やから。

でも、正親さんからこのデザインがきたら、「やるしかない」。そうすると、2000円代では赤字やねん。じゃあキリよくサンキュッパ(3980円)で、と思ったけど、これでも全然無理。

ここまでは製作の話やけど、それプラス営業費もあるやん。上田にダンボールを取りに行ったり、ブックフェアに出店したり。そういうのも合わせてトントンになったらいいな、て考えたんよね。儲けるつもりはないけど、赤はいや。それで、今の5980円に落ち着いて。

 

 

—— 写真集は、「全部売っても赤字になるけど、作品になるから」て理由で出されることもありますからね。

そうそう、そういう風に言われたこともあったなぁ。自分の作品を世に出すことに意味がある、てことだよね。でも、俺はそれはいやで。自分の「おもしろい!」て思うものに対価を払ってもらう、てことがしたかった。だから「出せたから赤でいいや」て値段にはしたくなくて。でも、ドキドキよ。売れ残ったら、全部自分に跳ね返ってくるわけやから。

—— 家に残る大量の在庫……

ね。でも、東京のブックフェアに50部持っていったら、全部はけたのよ。

—— わ、めでたい!

あ、それとな、本を出してみて思ったことなんやけど、1年に1回ぐらいのペースで出していってもええな、て。

—— ほうほう。

 

 

本って魂のかたまりみたいなもんやんか

 

 

—— 去年は『迷子のコピーライター』を出してますよね。

そうそう。で、今年は『隙ある風景』出してね。本でなくてもいいんよ。次は、僕がバンドやってるエンバーンのCD出してもいいし。ほんとはさ、『迷子のコピーライター』を出したとき、これがたくさん売れて「次、書きませんか?」て話が来るかと思ってたのよ。

—— ええ。

それがさ。

—— ええ。

全然来ない!重版かからない!

—— (笑)

だからさ、1冊で一喜一憂してないで、次をつくっていかないとな、て。最終的には、すげー名作ができたりするかなぁ、て思いながら。

僕、文学に影響を受けてきて。だからって比べるのもおこがましいんやけど、あのドストエフスキーだって最初から『カラマーゾフの兄弟』を書いたわけやない。その前にいろんなものを書いてから、あんなどえらいものをつくった。だから、くじけることなくつくり続けるのが大事なんやろな、て。

作家なのか写真家なのか分からんけど、何をつくりたい、て欲求が自分の中にあるんやろなぁ。

 

—— 本にもあったけど、日下さんは”うんこがしたい”んですね。表現したい。それが写真の時もあるし、文章の時もあるし、音楽の時もある。

そうかもね。広告はうんこではないんよ。依頼者がいて、それに対してベストを尽くす。広告における成功って、自分がおもろいものをつくることより、向こうの人が喜んでくれることだから。僕、仕事で写真を撮るときもあるけど、全然ちゃうものになるからね。

 

 

本って、魂のかたまりみたいなもんやんか。自分の考えたことがモノとしてあると、いろんな話も早いしね。イベントに出店するとさ、自分がつくったものを目の前で笑って買ってくれる人がいるのよ。こっちは全部さらけ出してるから、恥ずかしい部分もあるんやけど。

言うなれば、魂の売買をしてるわけやね。それって、なんていうかなぁ……

たぶん、健康にいいんよね。

 

だからさ、これからもコツコツつくっていくよ。

 

10年間たまっていたうんこが出た。そんな気持ちだ。しかし、まだ残便感が残っている。次のうんこも楽しみにしておいてほしい。

『隙ある風景』より

 

 

 

ブログ:

隙ある風景
http://keitata.blogspot.com/

 

カバー:

『隙ある風景』の表紙はすべて一点もの。お気に入りのダンボールを探すのも、楽しいですよ。きっと。

 

 

 

販売情報:

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または kussalam@gmail.com まで

 

 

撮影:横山 祐介(Instagram / HP

posted by 飯田 光平

株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。

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