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2024-12-16
2019-09-30
「飯田くん、本つくりたいねんけど、バリューブックスからダンボールってもらえるかな?」
意味が分からず、聞き間違いかと思って戸惑っていたら、その言葉通りのことだと知ってさらに困惑したのは、今年の2月のこと。
たまたま上田に講演に来ていた、コピーライターの日下慶太さん。
バリューブックスの倉庫を案内していると、積み重なったダンボールの山を見て彼の目が変わった。
ダンボールを表紙にあしらった本をつくろうと思っていること。
そのために、近所のコンビニを回ったけどすべて断られたこと。
なるべく、ご当地の個性的なダンボールを集めたいということ。
ダンボールへの執念を燃やしながら、これまでの経緯を話す日下さん。
ええ、ええ、うちのでよければ、と気圧されながら快諾すると、そこから日下さん(大阪在住)の上田出張が繰り返されることとなりました。
そして出来上がった、唯一無二のダンボール写真集、『隙ある風景』。
手書きのタイトル、ガムテープ貼りの背表紙、スーパーの割引品のようなシール、そしてもちろん、表紙のダンボール。
どこを取ってもふざけ倒している写真集です。
果たしてどうしてこんな本が生まれてしまったのか、改めて日下さんに話してもらうことにしましょう。
聞き手は私、飯田です。
アホっぽい本だけど、あんがい、誠実なものづくりの話となっていきました。
日下慶太 / ケイタタ。
1976年 大阪生まれ大阪在住。普段はコピーライターとして広告会社で働きながら、隙を見つけては写真活動を続けている。ツッコミたくなる風景ばかりを集めた『隙ある風景』日々更新。2018年6月に小説的自伝「迷子のコピーライター」を出版した。UFOを呼ぶためのバンド「エンバーン」のリーダーとしても活動している。召喚成功率は現在約60%。コピーライターとして佐治敬三賞、グッドデザイン賞、東京コピーライターズクラブ最高新人賞など多数受賞している。
(飯田注:なんだか冗談みたいなプロフィールだ)
—— ここに載ってる写真は全部、もともとブログに上げていたんですよね。本と同じタイトルの、隙ある風景。
そう。もう10年やってるね。
—— 10年! それは、趣味として?
趣味…… どちらかと言うと、ライフワークに近いかなぁ。大学生の時、写真を始めたんよね。海外に行ったりして。中国、ロシア、インド、ネパール、アフガニスタン、トルコ。全部陸路でね。社会人になってもカメラは続けたくて。ほんとはカメラマンになりたかったのよね。
—— へぇ。その時の写真は、今のものとは違ったんですか?
全然ちゃう(笑) ナショナルジオグラフィックみたいなのを目指してたね。
ケニア マサイマラ 2008
インド アムリトサル 2000
エチオピア ラリベラ 2008
ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』を読んで感化されたりしてね。
—— どうして、ていうのも野暮ですけど、気がついたら写真が好きだったんですか?
俺らの時は、写真が流行ってたんよね。ヒロミックスがデビューしたりさ。カメラやってそこからモテる、みたいな空気もあったしね。
で、親父の古い一眼レフを借りて、大学の友達と神戸の街の写真を撮りに行って。そのうち最新の一眼レフを買って、会社に入ってからは休みごとに旅行に行って撮るようになった。でも、旅行で撮る写真って、どうしても表面的なモノになっちゃうんだよなぁ。子供が笑ってる写真、とかね。
—— じゃあその時は、撮る写真も海外ばかり。
そう、日本では全然撮ってなくて。でも、写真は逃げ場でもあったかな。
—— 逃げ場。
そう。仕事で面白いことがなかなかできなくてね。
—— 日下さんは、電通で働く社員でもありますよね。
写真撮るのは面白いし、なにより、ひとりで完結するやん。広告って、いろいろな人との関わり合いだから。クライアントだったり、デザイナーだったり。だからこそ、全部ひとりでつくりたい、て気持ちも膨れてきて。写真を撮ることで、自分のものづくりのバランスを取ってるところはあったかな。
—— だから、趣味というより、ライフワークって表現なんですね。
海外を撮った写真は、キヤノンの写真新世紀に出したりもしたけど、引っかからなかったねぇ。でも、その理由も分かってた。表面的というか、深いところを撮れてない。
そこで、毎日撮れる写真を始めたいな、て感じるようになって。そう思って街を歩いてると、寝てる人めっちゃいるな、変なおっさん多いな、て気がつくようになったんよ。都市のバグ、ていうのかな。続けるためにブログに上げようと思ってさ。自分のためのトレーニング、て意味合いもあったかな。
それまでは、どこかに行かないと、それこそ世界の果てぐらいに行かないと、いいのって撮れないと思ってた。でも、自分の周りにも意外とあるんやな、感じられてきて。
—— それって、撮る対象がガラッと変わってますよね。非日常から、日常へ。
たしかにそうやね。でも、ルーマニアに行ったときに、酔っ払ったおっさんの写真を撮ったのよ。それがすごくよくて。「俺が撮りたいのは、これかも知れん」て何となく分かってさ。人の無防備なところを撮りたかったんやろうね。
ルーマニア マラムレシュ 2004
—— タイトルにもある、”隙”。
うん。たとえば、サラリーマンってふだんはかっちりしてるけど、ビジネスの電話してると周りが見えなくなったりするやん。ほかにも、車の中っていうプライベートな空間に入った途端、ボーッとしちゃう人がいたりね。そうした、人間の無防備な瞬間に惹かれるんやろうね。
—— 思いもかけず出てしまう、人間の素の部分。
そうそう。
—— でも、本にしようと思いながら撮り溜めてきたわけではないですよね。
うん、ではないねぇ。いつかしたいな、とは思っていたんだけどね。
—— じゃあ、どうしてこのタイミングで?
『隙ある風景』をデザインしてくれたアートディレクターの正親篤(おうぎ あつし)さんが、「会社やめるから、日下の写真成仏させたるわ」て言ってくれて。正親さんがやってくれるなんて贅沢すぎる。だからこれを機に、と思って写真をセレクトしたんよ。正親さんには一生頭が上がらへん。
バリューブックスの倉庫で大量のダンボールをトリミングする正親篤さん。高校生たちの切れ味あるダンスが光るポカリスエットのCMや、九州新幹線が全線開通した時に話題となった『祝!九州』のCMを手がけた、かなりの凄腕。
—— へぇ! でも、ほんとうに変わった本ですよね。どういう話でこの形になっていったんですか?
あ!
—— え?
そうだ、その前に一回、ZINEでつくってたんよ。忘れてた(笑)
—— (笑)
奇跡的にインタビューを行うお店の奥から出てきた、初代『隙ある風景』。
—— あ、でも今の形に近いですね。これは自分で?
そう、ZINEのイベントがあったから、そのためにつくったんよね。去年の7月やね。100冊ぐらいかな、結構売れて。これが原型としてあったんだよね。いやぁ、忘れてた。
—— これが、今回の『隙ある風景』の土台になったんですね。
うん。でも、このZINEをしっかりした写真集にするつもりはなかってん。
—— ある程度やりきったから?
そうそう。とはいえ、このZINEには写真集としてのパワーはないのも分かってた。自分でデザインはできひんし、イラレが使えなかったらKeynoteてプレゼン用のソフト使ったりしてね。そんなところに、正親さんが現れてくれたのよ。
—— 渡りに船だ。
そこからは、デザインは正親さんに任せて、僕は使う写真の選定。
—— 写真集にするって、選ぶ行為ですよね。選ばれたものと選ばれなかったもの、その差はなんだったのかが気になります。
言葉との関係、てのはあるかな。写真につける言葉が思いつかなかったものは、はずしたり。
—— 言葉。たしかに、この本にとっては写真と同じくらいの肝ですよね。
うん、最高なのは、写真の強さと言葉が両立しているもの。これとかね。
—— その鼻くそをどうする……
これはさ、タイトルがないとなんのこっちゃ分からんやん。写真自体で面白さが成立しているものもあるけど、言葉があることで新しい視点が生まれたりする。
—— なるほど! 写真に沿って言葉があるものと、「こういう風に見てくれ」て写真の見方を提案しているものがあるんですね。写真自体で完結してる面白さじゃない。
そう、写真集だからあくまで写真がメインなんだけど、言葉を足すことで世界観が加速する。写真と言葉の絶妙な関係は、コピーライターとして学んできたことなのね。キャッチコピーって、写真が語っていることを言葉にしても面白くないねん。ちょっとずらす。その距離感は、コピーライターを長年やって習得したひとつの技能だと思ってる。
でも、はじめは写真への言葉の落とし方が分からなかったんよ。今回でちょっとそれが分かったかな。
たとえば、タイトルと別に、ちょっとした説明があったとしてもいいかも知れへんやん。でも、あえてタイトルだけにするのが気持ちいいな、て。それに、キャッチコピーって写真の中に入るものなんよね。だから、今回もタイトルを写真の中に入れるかを結構迷って。
—— ああ、たしかに。でも、今の形であってると思います。中に入れると、「どう中に入れるか」も重要になるじゃないですか。
うんうん。
—— そうすると、特徴のある写真と食い合っちゃうというか、すでに美味しい料理にめっちゃ美味しいふりかけかけてる、みたいになりそう。
分かる分かる! そんな風に、タイトルの大きさとかも含めて、写真と言葉の関係性は正親さんといろいろ話しあったなぁ。
—— でも、ほんとうにイカした装丁だよなぁ。かっこよさと野暮ったさのグラデーションを、上手に泳いでる本ですよね。
これな、サイズも微妙に正方形じゃないんよ。
—— え?
上下だけ、3mmぐらい短くしてて。アホ長方形、て呼んでるんやけど。
—— なんて細かなこだわり…… 整いすぎないように、という調整ですね。
うん、正親さんが写真集自体を”隙ある存在”にしようとしてくれた気がする。デザインや中のレイアウトもだし、モノとしてもね。それこそ、ダンボールの表紙とかね。
—— これ、そもそもなんでダンボールなんですか?
僕がホームレスみたいやったからかなぁ。
—— (笑) あ、じゃあ正親さんからの提案だったんですね。
そう。もう、デザインもつくってきはって。それを、印刷を担当してくれた藤原印刷に伝えて。そこからは、どうやってダンボールをカットしようか、強度はいけるか、て打ち合わせを重ねて。
—— 藤原印刷も初めての取り組みだから、検証しながらだったんですね。
そう! そんでね、いろんな無理難題に藤原印刷は一回も「NO」て言わないのよ。ほかの印刷会社だったら、すぐに「無理です」て言われてたんちゃうかな。
—— いやぁ、さすがですね。よく見ると、雑っぽい見た目なのにしっかり製本されてるのが分かる。
「NO」と言わないばかりか、ダンボール集めにも馳せ参じる藤原印刷の藤原隆充さん(左)。
—— 本の販売は、書店で?
『隙ある風景』は書店さんにも卸してるけど、自分でも売ってみてるんよね。ブックフェアでは相手の顔を見ながら売れるし、メールでは「どんな表紙がいいですか?」てその人の好みを聞ける。めっちゃしんどいけど、いっぺん全部自分でやってみたくて。
—— モノをつくる、て自分が経営者ですもんね。何部刷るのかか、いくらにするか。全部自分が決めて、自分が責任を取る。
そう、形になるにつれてすごく大変な作業になることが分かったから、「これは自分が楽しくないとめっちゃ損するぞ」て思ってきて。当たり前やけど、在庫は全部自分で抱えるわけやん。売れんかったらどうしよう、値付けミスったらどうしよう、て。手作業も多い本から、結構コストがかかることも次第に分かってきて。
最初は、2000円代で出そうと思ってて。並製でシンプルなつくりにして、紙もこだわらなければいけるかな、て計算してさ。いろんな人に手に取ってもらうためにも、価格って大事やから。
でも、正親さんからこのデザインがきたら、「やるしかない」。そうすると、2000円代では赤字やねん。じゃあキリよくサンキュッパ(3980円)で、と思ったけど、これでも全然無理。
ここまでは製作の話やけど、それプラス営業費もあるやん。上田にダンボールを取りに行ったり、ブックフェアに出店したり。そういうのも合わせてトントンになったらいいな、て考えたんよね。儲けるつもりはないけど、赤はいや。それで、今の5980円に落ち着いて。
—— 写真集は、「全部売っても赤字になるけど、作品になるから」て理由で出されることもありますからね。
そうそう、そういう風に言われたこともあったなぁ。自分の作品を世に出すことに意味がある、てことだよね。でも、俺はそれはいやで。自分の「おもしろい!」て思うものに対価を払ってもらう、てことがしたかった。だから「出せたから赤でいいや」て値段にはしたくなくて。でも、ドキドキよ。売れ残ったら、全部自分に跳ね返ってくるわけやから。
—— 家に残る大量の在庫……
ね。でも、東京のブックフェアに50部持っていったら、全部はけたのよ。
—— わ、めでたい!
あ、それとな、本を出してみて思ったことなんやけど、1年に1回ぐらいのペースで出していってもええな、て。
—— ほうほう。
—— 去年は『迷子のコピーライター』を出してますよね。
そうそう。で、今年は『隙ある風景』出してね。本でなくてもいいんよ。次は、僕がバンドやってるエンバーンのCD出してもいいし。ほんとはさ、『迷子のコピーライター』を出したとき、これがたくさん売れて「次、書きませんか?」て話が来るかと思ってたのよ。
—— ええ。
それがさ。
—— ええ。
全然来ない!重版かからない!
—— (笑)
だからさ、1冊で一喜一憂してないで、次をつくっていかないとな、て。最終的には、すげー名作ができたりするかなぁ、て思いながら。
僕、文学に影響を受けてきて。だからって比べるのもおこがましいんやけど、あのドストエフスキーだって最初から『カラマーゾフの兄弟』を書いたわけやない。その前にいろんなものを書いてから、あんなどえらいものをつくった。だから、くじけることなくつくり続けるのが大事なんやろな、て。
作家なのか写真家なのか分からんけど、何をつくりたい、て欲求が自分の中にあるんやろなぁ。
—— 本にもあったけど、日下さんは”うんこがしたい”んですね。表現したい。それが写真の時もあるし、文章の時もあるし、音楽の時もある。
そうかもね。広告はうんこではないんよ。依頼者がいて、それに対してベストを尽くす。広告における成功って、自分がおもろいものをつくることより、向こうの人が喜んでくれることだから。僕、仕事で写真を撮るときもあるけど、全然ちゃうものになるからね。
本って、魂のかたまりみたいなもんやんか。自分の考えたことがモノとしてあると、いろんな話も早いしね。イベントに出店するとさ、自分がつくったものを目の前で笑って買ってくれる人がいるのよ。こっちは全部さらけ出してるから、恥ずかしい部分もあるんやけど。
言うなれば、魂の売買をしてるわけやね。それって、なんていうかなぁ……
たぶん、健康にいいんよね。
だからさ、これからもコツコツつくっていくよ。
10年間たまっていたうんこが出た。そんな気持ちだ。しかし、まだ残便感が残っている。次のうんこも楽しみにしておいてほしい。
『隙ある風景』より
ブログ:
隙ある風景
http://keitata.blogspot.com/
カバー:
『隙ある風景』の表紙はすべて一点もの。お気に入りのダンボールを探すのも、楽しいですよ。きっと。
販売情報:
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または kussalam@gmail.com まで
posted by 飯田 光平
株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。
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