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2019-06-03

愛される本を作るには、 愛を頼りにしないこと <アルテスパブリッシング 鈴木茂 インタビュー>

 

 

 

古本の買取を行う私たちの倉庫には、毎日約2万冊の本が全国から届き、そのうちの半分にあたる約1万冊を、インターネット市場では価値がつかないことから古紙回収にまわしています。

 

しかし、中には時間が経っても価値の高い本ばかりを扱う出版社があります。彼らのものづくりを支えることで、よりよい本の循環が生まれるのでは。そんな思いから、本の売上の一部を出版社に還元する「エコシステム」プロジェクトはスタートしました。

 

このプロジェクトでは、現在、4つの出版社と提携しています。

 

彼らはなぜ、消費することなく、読み継がれる本を作り続けることができるのか。

どんな思いで本を作り、読者のもとへ届けられているのか。

 

数字からだけでは見えてこない、本作りへのこだわりを聞いてみたい。

バリューブックスが考える「いい出版社」を巡る、連載企画です。

 

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2回目となる今回は、研究者や演奏家のための専門書から、初心者が楽しめるものまで、幅広い音楽書を扱うアルテスパブリッシングの代表・鈴木茂さんにお話をうかがいました。

 

ふだん音楽書を読まない人にこそ届けたい、というアルテスの本。

 

インタビューを通して「旬のテーマは追いかけない」「音楽への愛情をあてにしたファンブックは作らない」「絶版になったら電子化して残す」など、本作りへのブレない姿勢が見えてきました。

 

聞き手は、ブックコーディネーターでバリューブックス社外取締役でもある内沼晋太郎と、バリューブックス代表・中村大樹が務めます。

 

                                                                                                              

PROFILE

鈴木茂(すずきしげる)

音楽之友社の編集者を経て独立。2007年、木村元氏と共にアルテスパブリッシングを立ち上げる。『YMOのONGAKU』『文化系のためのヒップホップ入門2』『レゲエ入門』『豊かな音楽表現のためのノート・グルーピング入門』、内田樹『困難な結婚』他を担当。2児の父。https://artespublishing.com/

 

 

 

 

 

ファンじゃない人にも届ける、長い目で見た本作り

 

内沼:アルテスさんの本って、版を重ねているものが多いですよね。

 

鈴木:そうですね、10年以上前の本でずっと売れ続けているものもあります。

 

内沼:理由はなんでしょう?

 

鈴木:単純に本の寿命に対する考え方がちがうんだと思います。

 

内沼:というと?

 

鈴木:たとえば、大手の出版社が本を出した時に、発売から3ヶ月後に増刷がかかったとなると彼らにとっては大ニュースらしいんです。つまり“3ヶ月も経ってから”増刷がかかっているようではだめだ、ということなんですよね。でも僕たちは3ヶ月どころの話じゃなくて 、半年後、1年後に2刷になれば充分ありがたいという、長い目で本を作っています。

 

 

中村:どれくらいのペースで出版されているんですか?

 

鈴木:最近増えてしまって、年に20冊を出しています。減らさなきゃと思っているんですけど……。

 

中村:増えるのはいいことでは?

 

鈴木:一点一点に手をかけられなくなっちゃうんです。それこそ校正や帯のコピーとか営業やプロモーションにもっと時間と手間をかけたいんです。ただ、出さなきゃいけない/出したい企画はありがたいことに山のようにあるので、のんびりもできないのが現状ですね。

 

中村:とはいえ、バリューブックスのデータを見てもアルテスの本は買取率が97%と圧倒的に高い。つまり、発売から時間が経っても価値があり、長く読み継がれる本が多いということ。本の作り方になにか秘密があるんですか?

 

 

鈴木:うーん、なんででしょうね? 皆さんのご意見を聞いてみたいぐらいですが、時事的なものとか旬のテーマを追いかけない、というのはあるかもしれません。たとえば今だと、クイーンの本を出せば売れるわけですよ。ボブ・ディランの本より売れているそうですから。

(※取材時の2月は映画『ボヘミアン・ラプソディ』のヒットでロングラン上映中だった)

 

内沼:でも、出さないと。

 

鈴木:売れるタイミングでぱっと動くみたいな機動力が、あんまりないんですよね。良く言えば、何年か経って価値がなくなるような本は出してない

 

内沼:このタイミングでクイーンの本を作っても、5年後に読まれる本にはならないですよね、やっぱり。

 

鈴木:もしクイーンの本を作るなら長く読まれる本にしたいですけどね。自然とそういう風に頭が働くので。

 

内沼: 5年後読まれるものと、そうでないものには、どういう違いがあると思いますか?

 

鈴木:そのアーティストやジャンルの熱心なファンじゃない人にも、なにか訴えかけるようなテーマや内容かどうか、じゃないですか?。

 

内沼:なるほど。まさに『ボヘミアン・ラプソディ』は、クイーン・ファンじゃない人でもハマれるような内容になっていましたよね。

 

鈴木:ぼくら、もったいないことしてますよね(笑)

 

 

 

愛がありすぎると、いい本は生まれない

 

内沼:失礼な話ですけど、「え、この本が?」ってタイトルがアルテスでは四刷、五刷とかになっていて驚きました。一体どんな人が読んでいるんだろうと。

 

鈴木:一般に思われているより、そのジャンルやテーマを求めている人がいるということですよね。

 

内沼:そのジャンルを求めている人がいる。

 

鈴木:はい。たとえば、『神楽と出会う本』は神楽の総合ガイドで、まったく類書がなかったので不安だったんですけど、長く版を重ねて、新版も出すほど売れました。潜在的な読者を呼び起こしたみたいです。

 

音楽ってどうしても愛情が先走りしやすいジャンルですけど、愛と情熱をたっぷり注ぎ込んで、同好の士が共感し合うような本は、会社員時代に沢山作ってきましたし、もうあんまり作りたいと思わないんです。

 

内沼:アルテスが作る本はファンブックみたいな本じゃないってことですよね。逆に言うとそれほど思い入れのないミュージシャンの本でも作れるということ?

 

 

鈴木:ミュージシャンでもジャンルでも、思い入れが強すぎないほうがいい本や売れる本ができたりします。会社員時代に作ったヘヴィメタルのガイドとかすごくよく売れました。愛がありすぎると客観的に見てプレゼンテーションがうまくできないといいますか、熱い本を作るのが下手なんです(笑)。

 

内沼:わからない人の目線で作るからですかね。

 

鈴木:それもあるかも。ぼくらは専門家ではないですし、ちゃんと音楽を勉強したこともありません。よく知らないまま企画がスタートして、作っていくうちに形になることがほとんどです。

 

とはいえ書き手やマニアのようには詳しくなくても、音楽ならなんでも関心があるし、音楽ってなんだろう? っていつも考えているので、音楽をテーマにした本ならなんでも作れるんだと思います。神楽の本も音楽面に光を当てた本ですし。やっぱり音楽はとても大事なんですね、我ながら。

 

 

中村:著者や本の内容はどうやって決まっていくんですか?

 

鈴木:いろいろありますけど、今まさに入稿しているYMO(Yellow Magic Orchestra)を論じた本は、著者が80年代にYMOのアシスタントをやっていた藤井丈司さんといって、のちにサザンや布袋寅泰、ウルフルズなどのプロデューサーになった方なんですけど、彼が当時のエンジニアやプロデューサーと、YMOのアルバム6作を1枚ずつ解説するトーク・イベントを開催したんですよ。それを本にしたいというお話をいただきました。

 

藤井さんは長い文章を書くのは初めてですし、スタート当初は正直どんな本になるのかはっきり見えてなかったんですけど、書き下ろしパートの原稿が届いたときに「これはいい本になるぞ」と確信しました。

 

中村:それもやっぱりファン向けというより、そうじゃない人に読んでほしい?

 

鈴木:そうですね。とはいえ、YMOをまったく聴いたことがない人ってほとんどいないじゃないですか。曲を耳にはしてきたけど、じっくり聴き込んだことはない。そういう人たちにも楽しんでいただけるように作ったつもりです。

 

取材後、『YMO の ONGAKU』はなんと発売前に増刷が決定するほどの話題作に! 

3月25日発売ながらすでに4刷まで版を重ねている。

 

 

 

 

絶版本を電子化して、残す。

 

内沼:POD(オンデマンド印刷)もかなり早い時期からされていますよね。

 

鈴木:100部とか200部とか、オフセット印刷では採算のとれない少部数の増刷をPODでやっています。それでも原価率は高めなので、会社経営的には利益は微々たるものなんですが、毎年、教科書として使われているものもありますし。

 

内沼:切らさないために作る、と。

 

鈴木:そうですね、極力カタログは切らしたくないと思っています。

 

 

内沼:絶版にしないために、コストは高いけど、100部とかの単位で増刷できるような作りにしておくんですね。それでも絶版になってしまうことも?

 

鈴木:あります。それもあって電子書籍も始めました。絶版になってしまった本は、せめて電子版で残そうと。2年前、10周年を記念して、絶版本の中から10タイトルを電子化したのが最初です。

 

内沼:ひとつの本の形でもありますよね。最初は紙で出して、増刷するにも微妙な部数になったところで電子化する。

 

鈴木:電子書籍については今のところ補完的な捉え方ですね。ただ、新しい読者を得られるという手応えも感じているので、できるだけカタログは増やしていくつもりです。

 

 

 

読み継がれる本が、資産になる。

 

内沼:本を作るうえで、これからやってみたいことはありますか?

 

鈴木:うーん、作ることより売ることの課題のほうが大きいんですよね。自分たちが思っているポテンシャルほど売れていないと思うんです。

 

内沼:まだ売れる余地があると。

 

鈴木:書店の音楽書の棚以外に読者と出会える場を、もっと増やしたいですね。実際、動くんですよ、ふだんとちがう場所に置かれると。たとえば音楽書の棚がないないような書店でフェアをやってもらうと、ちょっとびっくりするくらい売れたりします。

 

内沼:書店以外の販売もあるんですか?

 

鈴木:神保町はじめあちこちのブックフェアや、著者やテーマに関連したコンサートの会場で販売したりすることはあります。

 

内沼:新たな読者を開拓できる場所だと、新刊だけじゃなく、既刊もアプローチできそうですよね。売り上げでいうと既刊の比率が大きくなるとやっぱり経営は楽になりますか?

 

鈴木:刊行点数が100を超えたあたりから、やっと少しずつですけど。

 

内沼:資産が増えていくということは、出版社を長く続けられることのひとつの要因ですよね。

 

鈴木:それでも時間が経てば、その資産も減っていきますから、また新たに長く読まれる本を作っていかなきゃいけない。

 

中村:そういう本を作り続けられるように、エコシステムではバリューブックスで中古本が売れた金額の一部を支援金としてお渡ししていますが、今はどういうことに充てられていますか?

 

鈴木:まだアイデアを練っている段階なんですけど、本屋大賞やサッカー本大賞みたいな感じで、音楽本大賞をやりたいんですよね。

 

中村:音楽本大賞!いいですね。

 

鈴木:音楽書に力を入れている出版社が集まって主催できたらいいなと思ってます。

 

内沼:じゃあ審査員を呼んだり、一般投票も受け付けるとか。

 

鈴木:そうですね。その賞金や審査員の謝礼をバリューブックスさんからいただいた支援金からまかなえたらいいなと。音楽の本を読む人自体が増えるようなことをやっていきたいですね。

 

 

 

撮影:門脇遼太朗

 

 

〜〜過去の記事はこちらから〜〜

【英治出版インタビュー】社員全員の拍手が出版の合図。「未来の読者」へ向けた本作り

 

 

 

posted by 北村 有沙

石川県生まれ。上京後、雑誌の編集者として働く。取材をきっかけにバリューブックスに興味を持ち、気づけば上田へ。旅、食、暮らしにまつわるあれこれを考えるのが好きです。趣味はお酒とラジオ。

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