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本に触れる。
その小さなきっかけを届ける
ウェブマガジン。

2019-04-26

明日が楽しみになる、halutaの「日常のパン」

 

 

 

お昼を過ぎた頃、ショーケースの中には、さまざまなパンが並び始める。小ぶりな食パンに、黒色のライ麦パン、にんじんのパン、オリーヴのカンパーニュ。それらのパンは、デンマークの食文化から生まれたもの。おいしさと健康を考え厳選した材料で、ひとつひとつ丁寧に作られた「日常のパン」です。

 

バリューブックスが運営する「Books&Café NABO」では、本やコーヒーと合わせて、地元上田市の「haluta AndelLund Koizumi」が作るパンを販売しています。

 

店を訪れるお客さんの中には、このパンを目当てに足を運んでくれる方も少なくありません。

 

なぜ、本屋でデンマークのパンを?

日常のパンってどういうこと?

 

今回は本の話題からは少し離れ、haluta(ハルタ)のパンについてご紹介させてください。

 

 

 

 

 

 

 

本屋にパンが並ぶ理由

 

halutaはパン屋ではありません。

正確にいうと、パンを作っているだけではありません。

 

上田市とデンマークのコペンハーゲンを拠点に持つhalutaは、北欧のヴィンテージ家具や雑貨の輸入販売から、建築、空間プロデュースまで幅広く手がける会社です。家具や空間を通して、何気ない日々を大切にする北欧の暮らしを日本の家庭へ提案しています。

 

そして、暮らしには欠かせない「食」もまた、halutaが大切にするテーマのひとつです。日々、デンマークの食卓に並ぶ「からだに優しいパン」を作ることで、特別でない日を心地よく過ごせるきっかけを届けます。

 

 

 

 

実は、現在NABOが営業する古民家は、もともとhalutaの店舗であり、家具や雑貨とともにパンの販売を行なっていていました。そして本屋として生まれ変わってもなお、パンを求めるお客さんが多かったことから、販売を引き継ぎ、パンのある本屋が生まれました。

 

そんなhalutaのパンは、NABOから車で15分ほど離れた上田市の工房にて作られています。

NABOに並ぶパンはほんの一部で、その多くはインターネットから注文のあったお客さんのもとへ直接届けられています。

そしてこの「受注生産」のスタイルこそ、halutaのパンが全国にファンを持つ大きな理由です。

 

 

 

 

 

翌日もおいしい、日常のパン

 

 

「パンの種類はせいぜい15種類くらいですよ。あえて増やさないようにしています」

 

そう話すのは、シェフの木村昌之さん。2年前、パン部門の立ち上げとともにhalutaへ参加しました。

 

「ここで作るのは食事パンがメインだから、それぞれの家庭で、毎日の食事の内容が変われば、パンは同じでもいいんです。むしろ、いろんな食事に合うようなパンはなにか、というところを追求しています

 

 

 

食事パンとはもともと、穀物全般と水、塩、酵母からなるシンプルなパンのことを言いますが、木村さんはそこにひとつ、ふたつ材料を追加し、デンマークのパンをベースに独自のものを生み出しています。

 

「たとえばこれはオリーブのパンなんですけど、スープや煮込み料理、パスタなど、オリーブが入るとおいしい料理全般に合うよう作っています。だから、料理を連想するようなパンであり、パンから連想して料理を作ってもらってもいい

 

 

 

halutaのパンは、NABOなど一部の卸している店舗を除き、基本的にすべて「受注生産」で作られています。注文分のパンを焼き、その日のうちに発送。翌日には全国の家庭へパンが届く。決まった量を生産することで、作ったパンが無駄になることもありません。

 

「日本の多くのパン屋では、焼いたその日に売れ残った分はロスとして処分しています。とくにデパートに卸すパンだと、途中で売り切れてしまわないようにあらかじめ多めに作っているので、その分ロスも大きいんです」

 

大量生産・大量消費が当たり前になってしまった日本のパン屋の仕組みを変えたい。それはこれまでの20年で、数々のパン屋を経験してきた木村さんにとって、大きな課題のひとつでした。

 

「翌日までおいしいパンを作って、捨てるパンを減らす方向へシフトしていけば、パン屋は変わるかもしれない」

 

その思いが、halutaとして、パンを焼くことを決めました。

 

「受注生産はパン屋にとって理想的な仕組みだけど、個人でやるには時間的にも金銭的にも限界があります。パンだけじゃなく、家具や雑貨や建築、いろんな分野で、ひとつのゴールに向かって支え合うhalutaだからこそ、質を下げることなく、持続的においしいパンを届けられるんです」

 

価値観を共有する仲間たちと、衣食住それぞれの立場から作り上げる「なんだかいい暮らし」。ひとりじゃない、だからこそ、食を取り巻く環境と正面から向き合うことができる。

 

 

 

パンをきっかけにデンマークの暮らしに触れる

 

入社前、木村さんはデンマークの食文化と向き合うため、現地へ向かいました。過ごした10日の間に学んだのは、パン作りだけではなく、暮らしの根本にある意識や価値観。

 

「とくに環境や健康に対する国民全体の意識の高さには驚きました。まず基本的にみんな自転車移動なんです。自転車専用レーンが完備されているので、多くの人たちが車や電車の代わりに自転車に乗っている。国が医療費を負担している分、国民に健康でいてほしいから、運動不足を解消する取り組みとして自転車を推奨しているんです」

 

さらに木村さんの興味を引いたのは、エコへの取り組み。買い物をすれば簡易包装は当たり前、使い捨て容器を使用しない量り売りのお店も多い。とくに、空き缶やペットボトルを返却するとお金が戻ってくるデポジットの機械は、どのスーパーでも必ず目にしたといいます。

 

「日本だとデポジットの返金はせいぜい数十円ですよね。デンマークだと、それだけでもう一度買い物ができてしまうくらい、返金率が高いんです。リサイクルが当たり前だから、圧倒的にゴミが少ない」

 

 

 

生活の節々に、地球や健康について自然と考えさせられるようなきっかけがある。彼らの暮らしは、自分たちができる小さな努力の積み重ねの中で、成り立っているようでした。

 

「デンマークでは、見習うべきことがたくさんありました。じゃあ、それをどうやって日本へ暮らす人たちに伝えることができるだろうかと考えた時、やっぱり僕にはパンしかないんですよね。福祉や環境に興味がない人でも、パンに興味がある人はたくさんいる。パンをきっかけにデンマークの暮らしを知ってもらえたらと思っています

 

 

 

 

デンマークといえば、日本ではデニッシュが有名ですが、もちろんそれだけではありません。

 

木村さんが何より魅せられたのは、デンマークの国民食「黒パン」。ライ麦を使用し、食物繊維、ビタミンB群、ミネラルが豊富で栄養価の高い黒パンは、どんな料理にも合わせやすく、日本でいう「ごはん」のような存在。薄くスライスしたパンの上に、野菜やお肉、魚など身近な食材を乗せて「スモーブロー(オープンサンド)」にして楽しむのが定番です。

 

 

ライ麦や小麦は、上田の農家さんから玄麦で仕入れ、その日使う分だけを石臼で挽いていきます。

 

「挽き立てのコーヒーが美味しいように、小麦も使う分だけ自分で挽くことで酸化が抑えられ、香り高いミネラルも逃さないんです」

 

北海道と信州上田産のライ麦、ひまわりの種、亜麻仁、白胡麻、サワー種を合わせたら、一晩かけて発酵させ、焼き上げる。ドイツ製のライ麦パンと比べ、香ばしく、まろやかな酸味が特徴です。一口噛みしめると、もっちりと弾力のある生地から穀物のうまみがダイレクトに広がります。

 

 

デンマークから持ち帰ったレシピで作るパンは、ほかにも、にんじんとひまわりの種を組み合わせた「にんじんパン」、優しい酸味の「カンパーニュ」、植物性100%で軽い食べ心地の「食パン」など。シンプルでおいしい、毎日食べても飽きないパンは、食卓の定番に迎えたいものばかり。

 

 

右上が黒パン、真ん中がにんじんパン

 

生産者の近くで作るパン

 

「上田はパン作りに適しているんです」と、木村さんはいいます。その大きな理由に、小麦の生産者「なつみ農園」の存在があります。

 

なつみ農園は畑から工房まで直接小麦を届けてくれるほど、距離が近い。余計な送料がかからない分、パンのコストを抑えられます。halutaでは、「ゆめあさひ」「しらね小麦」「黒小麦」「ライ麦」とパンの種類によって使い分けています。

 

精白する前の麦(=玄麦)

 

「東京にいた頃は、作りたいパンが先にあって、それに合わせて全国から取り寄せた小麦をいくつもブレンドしながら使っていました。今は使う小麦は最小限に、この場所にある材料に合わせてパンを作るようにしています。そうしてできたものを受け入れるのが自然だと思うんですよね

 

 

 

 

 

職人として、中途半端な仕事はしたくない

 

「本来パンは日常的な存在で、その日常から離れるほど、菓子パンや調理パンへ近づいていく。そうすると、だんだんお菓子屋さんとか料理人の領域になってくるんですよね。それってパン職人として、中途半端な仕事になってしまう気がするんです。僕の場合は、ですけどね。

 

たとえば、季節の野菜や果物を使ったパンは鮮やかで美しいけど、見た目や風味を持続するのがすごく難しい。だったら家に持ち帰って、翌日、翌々日も、日々の食料として、安定しておいしく食べられるものの方を作りたいなと思ったんです」

 

届けたいのは、口にするたびしみじみおいしいパン。選ぶ楽しさより、食べたあとに感じる喜びを。

 

 

「学生時代、アルバイト先のパン屋の大量廃棄に耐えられず、自転車のカゴいっぱいに売れ残ったパンを詰め込んで、翌日クラスの友達に配っていました。それがパン屋の始まりですかね」と、さいごに笑って話してくれた木村さん。

 

ただ、人に誇れる仕事がしたかった。その気持ちにまっすぐに向き合ってきたからこそ、いま作れるパンがあります。

 

 

 

焼きあがったパンは、粗熱をとったあと、ひとつひとつ梱包されていく。ひときわ大きな箱に詰められたのが、NABOに並ぶパンです。迎えの車に乗って、店舗まで届けられます。

 

 

 

 

NABOは、halutaで当日焼いたパンが食べられる貴重な場所。

どうぞ、翌日のパンと食べ比べて、その味わいの変化をお楽しみください。

 

明日の朝が心待ちになる「日常のパン」は、たとえば本屋で出会えます。

 

 

 

撮影:篠原幸宏

posted by 北村 有沙

石川県生まれ。上京後、雑誌の編集者として働く。取材をきっかけにバリューブックスに興味を持ち、気づけば上田へ。旅、食、暮らしにまつわるあれこれを考えるのが好きです。趣味はお酒とラジオ。

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