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2019-04-22

捨てちゃう本で作った本屋

バリューブックスひとつめの実店舗「NABO」に続いてその2軒となりにオープンした「バリューブックス・ラボ」。「NABO」と何が違うのかと言うと、「バリューブックス・ラボ」にある約5000冊の本、実は全てが「古紙回収に行く予定だった本」つまりバリューブックスがやむなく捨てるしかなかった本たちなのです。

 

バリューブックスには1日におよそ2万冊の本が届き、そのうち1万冊を古紙回収に回しているということを以前こちらの記事で紹介しました。山積みになった古紙回収行きの本の山を見て、おそらくほとんどの人が思うのは「もったいないな」「なんとかならないのかな」ということ。そう思うならとにかくやってみよう!本の山の前に立ち、手作業で本を集めて集めて人に手渡す場所を開く。何かの「実験」のように、営業日も営業時間も定まらないまま2018年8月に「バリューブックス・ラボ」はオープンしました。

 

これが「バリューブックス・ラボ」での本の価格。店の入り口に置かれたこの看板を見て「えっ!」と驚く声、レジ前で「本当にいいんですか・・?」とたずねる声があがるのはいつものこと。そのたびに、この本がどこから来たのか、決して安売りをしたいわけではなく、古紙回収以外のゆくさきがあるんじゃないかと思ってこうしていることを伝えています。

自分用にと本を買って行く方がほとんどですが、なかには本屋さんが仕入れのために本を買いに来ることも。「バリューブックス・ラボ」にあった本たちがたどりついた先がどんな場所なのか、訪ねてみることにしました。

 

 

 

●こどももり(長野県・長野市)

普段はイベントの出店やお店の一角を借りて本の販売をしている絵本屋「こどももり」。取材をしたいとお願いしたところ、ちょうど絵本のストック場所や事務所として使っている倉庫を開けて販売をする日があるとのことで、ラボのある上田市から峠を超えていざ長野市へ。

「こどももり」倉庫の扉を開けて、中をのぞくとそこにはずらりと並ぶ約400冊の絵本!こんなの完全に素敵なお店じゃないか!と思うのですが、いえいえここはあくまで倉庫なのです。この中には「バリューブックス・ラボ」から旅立って行った120冊の絵本も一緒に並んでいます。

 

「こどももり」店主の小口さんは22歳のころに長野県下諏訪で古本屋を始め、週3日お店を開けてあとの日はアルバイトに出るという多忙な日々を過ごします。4年経った現在は場所を長野市にうつし、小学校に通うこどもたちが不安や悩みを気軽に相談できる相手、「子どもと親の相談員」として働きながらイベント出店を中心に絵本の販売をしています。

こどもに関わる仕事をずっと続けて来たこともあってか、置かれている絵本の選び方から感じるのは押し付けるわけではない軽やかな意思。「こどもが『これをやりたい』ということを、大人がサポートする形の社会になるのが理想だなって思うんです。」文字や数字を教えるような教育系の絵本はあえて置かないようにしているのだとか。そこにも小口さんの「文字を獲得するまでの時間をもっと楽しんでほしい」という気持ちが込められています。

 

小口さんが小さい頃から何度も読んでいた絵本『ルピナスさん』。大人になってから改めてこの本を読んで「ああ、自分はルピナスさんの精神にすごく影響を受けていたんだなあ」と思ったのだそう。

この絵本の主人公はこどもの頃に、「世の中を、もっと美しくするために、なにかしてもらいたいのだよ」と、おじいさんが言った言葉のことをわからないながらに胸に置き続け、世界中を旅したあとに自分が住む村のまわりにルピナスの花の種をまきはじめます。そして次のとし、村じゅうがルピナスの花であふれかえる…。主人公は花の種をまくことで「世の中を、もっと美しく」したのです。

「ルピナスさん」と呼ばれるようになった主人公の家を訪ねてきたこどもに向けて、ルピナスさんはおじいさんと同じことを言います。「世の中を、もっと美しくするために、なにかしなくては」そうやって「美しいこと」の種が、世代を超えてまかれていくというのがこの本のあらすじです。

 

『ルピナスさん』を読んで、全てがすーっと腑に落ちる感覚がありました。

小口さんが次にやりたいことは「BOOK CAR」。お店で待ってなんていられない!と言わんばかりに絵本を積んだ車で飛び出して、こどもたちに絵本を届けることなのです。それは、家を飛び出し花の種をまきに出かけたルピナスさんの姿そのもののよう。

こどもの頃の小口さんに、絵本『ルピナスさん』のまいた種が届き、大人になるまでの時間を経てその種が芽吹いていたことを知る。それと同じように「こどももり」から買った1冊の絵本が、タンポポの綿毛のようにこどもたちの胸に届いたら、そこからどんどん「世の中はもっと美しく」なるに決まってる。世の中がもっと美しくなればいいと願うそのことの手伝いが「バリューブックス・ラボ」にあった絵本たちのひとつのゆくさきなのかと思うと本当にうれしい。

(「BOOK CAR」は現在クラウドファウンディングに挑戦中です。詳細はこちらから)

 

 

 

 

●ヒトトキ(長野県・松本市)

続いて紹介するのは松本市にある本屋「ヒトトキ」。

「えっ、ここはまだ松本市なんだっけ・・・?」と思うくらい市街地から離れたのどかな山里の中に突如として現れる、すべり台と巨大トランポリンのある庭。そしてきれいな鐘の音!まるでここは桃源郷かと思うその場所で、築130年の古民家を使ってカフェやギャラリーを営む「kajiya」。その横にある土蔵で本屋「ヒトトキ」は、ひっそりとお店の扉を開けています。

 

静かな山小屋のように落ち着く店内には、300冊ほどの本と雑貨。店主の佐野さんがこの場所でお店を始めたのは2018年3月のこと。「何か本に関わる仕事がしたい」とハローワークをたずねるも見つからず、もうどうしたらいいのかと目の前が真っ暗になるような気持ちの時、「kajiya」敷地内の土蔵を使って本屋をやってみないかと声をかけられます。

「このチャンスを逃したら、わたしは2度と本に関わる仕事ができないと思って…」佐野さんはそのチャンスをがっしり掴みます。オープン当初は出版社に直接連絡を取るなどして仕入れた新刊書籍が中心でしたが、「もっといろんな人に面白いと思ってもらえたら」と思い、扱う本の幅を広げるためバリューブックス・ラボから絵本や小説など100冊ほどの本を仕入れて並べています。

 

「ヒトトキ」のtwitterには佐野さんが描いたひとコママンガがいくつかあって、それら全ては佐野さんの生きてきた人生を描いたもの。

中学時代から今までずっと生きづらさを抱えて生きて来た佐野さんの姿。高校を退学したのち出会った本の中の言葉たちにどれだけ助けられたか、宮澤賢治の「虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)」の優しい物語に心を打たれ、人の表現物に関わる仕事がしたいと思い製本会社へ就職するものの、大きな機械の音や新しい環境に順応できないことで精神が疲れきってしまい退職したこと。泣き暮らした日々、そのあとの仕事もなかなか長く続けることができず…その先は描かれていませんが、twitterを見ているひとなら誰もがその後佐野さんの人生が「ヒトトキ」にたどり着くことを知っています。

 

本を読んでいると、頭の中でこんがらがったテレビの砂嵐の画面みたいだったものがフッと止むみたいなことがあるんだと佐野さんは言います。「自分のふらふらとしていた芯がピンとするというか…そういう本のある場所を作りたいと思って…」そうやって話す佐野さんの声はとても細くて小さい。風が吹いたら飛んでしまうような、選挙カーのはっきり大きな強い声を前にしたらかき消えてしまうような、そういう声。

話すことも苦手だと言います。でも、それはただ声になって出てこないというだけで、佐野さんの体の中にはたくさんの言葉がほとばしっているような気がします。ただ、気管支が細くて細くて、声になって出てこない、自分の中にある声を言い当てる言葉が見つからない、そういう感じがするのですが、その代わりにこの「ヒトトキ」にある全ての本が、佐野さんの声にならない言葉を細くて小さいまま、でもひと一人の体重がずしんと乗った確かな重みを持って、代弁しているようにも感じます。

 

おすすめの本を佐野さんに聞くと、手渡してくれたのは奈良の詩人「西尾勝彦」さんの詩集。そのなかでも一押しだという「のほほん製作所」という詩の冒頭を読んで、「ヒトトキ」が求人を出すとしたらこういう言葉を書くんじゃないか、それで佐野さんみたいな人が面接にやって来て…という物語が一瞬で頭の中を駆け巡りました。

 

やる気 明るさ不要

しずかな人歓迎

いっぷう変わった求人票に惹かれ

「のほほん製作所」の面接に行ってきた

ー『光ったり眠ったりするものたち』(のほほん製作所)

 

出会うべくして出会ったような、佐野さんと一編の詩。「こんな道もありますよ、と自分の姿でお伝えできたらと思います。」

声にならない言葉を届ける。そんなふうに並ぶ本棚の一部になるのが「バリューブックス・ラボ」の本のゆくさきだと知りました。

 

取材に行ったのは4月初め、長野では桜がきれいに咲く頃です。

帰り道の車のなかで、「ああよかったなあ」と素直に思いました。古紙回収に行くはずだった本たちが、とても意味を持ったかたちでお店に並んでいることを知れたからです。

日々、古紙回収に行くコンテナの前に立ち、人力で本を選んで集めています。なので回収できる本の冊数にも、それをストックしておける場所にも限りがあります。1日に古紙回収に行く1万冊すべてを活用できるとは言えないので、古紙回収へ行く数がゼロになることはないでしょう。「バリューブックス・ラボ」で売れる本の冊数は1日に約150冊。多い時はお店の在庫の1割(500冊)が売れる日もありますが、それだって日々古紙回収に行く1万冊という数字を前にしたら、数字の上ではまるで意味がないんじゃないかと思う時もあります。

 

ただこの取材を経て思うのは、数字で計ることのできない意味は確かにあるだろうということ。本の安売りがしたいわけではなくて、気持ちよく渡せる本のゆくさきを探したい。「バリューブックス・ラボ」での日々は続きます。

 

店舗詳細

▶︎「Valuebooks Lab.」

長野県上田市中央2−14−31

金・土・日・祝 12:00〜18:00

0268-75-8938

https://www.facebook.com/valuebookslab/

▶︎「こどももり」

長野を拠点に古絵本の販売とこども向けのワークショップを中心とした活動を展開中。

Instagramを中心に出店情報を掲載しています。

https://www.instagram.com/codomomori/

▶︎「ヒトトキ」

長野県松本市五常6437 (kajiyaとなり)

金・土(月に1度日曜営業あり)11:00〜17:00

https://twitter.com/hitotokibooks/

 

 

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バリューブックスについて、もっと知ってみる

posted by 池上 幸恵

バリューブックスが運営する本屋「NABO」店長を経ていちど退職、その2軒となりの店舗「バリューブックス・ラボ」スタッフとして復活。
会社ではたらきつつ、自分で作った土偶の展示販売、イラストの仕事など受けて暮らしています。

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