バリューブックスとB Corpをもっと身近に──社内交流会を開催しました。
2025-03-31
2025-03-28
バリューブックスは2024年10月、念願のB Corp認証を取得し、B Corpの一員となりました。
B Corp認証とは、社会や環境に配慮しながら持続可能な経営を行う企業に与えられる国際的な認証のこと。世界では現在、102カ国で約9500社以上が取得しています。
この連載では、社会や環境のことを考えながら、じっくり、誠実に、仕事をしているB Corpの仲間たちを訪ねて、一緒にこれからの働き方やものづくりについて考えます。
第一回目は、アメリカ・ケンタッキー州で70年の歴史を持つバーボン蒸溜所「メーカーズマーク」。
B Corpの先輩企業として、メーカーズマークがどのように歴史を紡ぎながら、B Corpの理念を体現してきたのか、その秘訣を学びたい。そんな思いから、8代目当主のロブ・サミュエルズさんにお話を伺いました。
家族から受け継いだのはバーボンのレシピだけでなく、手作りへのこだわり、チームを大切にする文化、持続可能な農業への投資など、長く愛されるブランドをつくるためのヒントがあふれていました。
聞き手は、バリューブックス代表であり、日本におけるB Corpムーブメントを推進する「B Market Builder Japan」の共同代表でもある鳥居希が務めます。
鳥居:まずはメーカーズマークの創業の背景についてお聞きしたいです。どのような思いで始まったのでしょうか?
ロブ:私はサミュエルズ家の8代目ですが、祖父母が1953年にメーカーズマークを創業するずっと前から、家族はウイスキーを作り続けていました。ただ正直に言うと、それまでの160年間作っていたウイスキーは、本当にひどいものでした。お世辞にも美味しいとは言えない、荒々しくて、飲むこと自体が試練みたいな味。でも当時のウイスキーはどれもそれが当たり前だったんです。
鳥居:当たり前を変えるきっかけになったのは、やはりお祖父様?
ロブ:はい、祖父のビル・サミュエルズ・シニアは、それまでのウイスキーのあり方を根本から変えたかったんです。彼の問いは「バーボンはもっと美味しく作れるはずだ」でした。ただ、そのためには、これまでの家族のレシピを捨てる必要がありました。
鳥居:レシピを捨てる…?
ロブ:はい。彼は家族に代々伝わるレシピを燃やしてしまったんです(笑)。「このやり方を続けても、良いウイスキーはできない」と確信していた。だからこそ、一から作り直すことにしたんです。
鳥居:すごい決断ですね…。そこから、どんな風にメーカーズマークの味が生まれていったのでしょう?
ロブ:祖父が求めたのは「スムーズで、優雅な味わいのバーボン」でした。バーボンは、味わうものだと考えていたんですね。
鳥居:なるほど。そのために、どんな工夫を?
ロブ:まず、原料から変えました。バーボンの主な穀物の一つは普通ライ麦なんですが、彼はライ麦の代わりに”冬小麦”を使うことにしたんです。これがメーカーズマークの特徴的な、まろやかで上品な味わいの秘訣です。
写真提供:サントリー
鳥居:そこまで考え抜いたんですね。でも、当時としてはかなり革新的なことだったのでは?
ロブ:まったく新しい試みでしたね。そして祖父が偉大だったのは、彼がただの職人だったということです。彼はマーケティングには興味がなかったし、「大企業にしよう」なんて考えもなかった。ただ、「自分が納得できるウイスキーを作りたい」という情熱だけで動いていました。
鳥居:そういう職人の気質があったんですね。
ロブ:そうなんです。彼は週末になると、ウイスキー作りを離れて家具を作っていました。ものづくりが彼の人生のすべてだったんです。彼が作った椅子やベッドは今でもうちで使っています。
鳥居:ものづくりへのこだわりが、ウイスキー作りにも生かされていたんですね。
ロブ:まさに。彼は「手作りであること」にものすごくこだわっていました。だから、メーカーズマークのウイスキーも「クラフト(職人技)」を大切にしているんです。それは今でも変わりません。
鳥居:なるほど。そのこだわりが、今のメーカーズマークの価値を作っているんですね。
ロブ:そうですね。そして、これは祖父だけのこだわりではなかったんです。彼を支えたのが、祖母のマージー・サミュエルズでした。
鳥居:お祖母様が?
ロブ:ええ。祖父は味のことばかり考えていましたが、ブランドのデザインや、どう人々に届けるかを考えたのは、実は祖母だったんです。現在まで変わらないボトルのデザイン、ロゴ、手作業で裁断するラベル、そして象徴的な赤い封ろう…すべて彼女のアイデアです。
写真提供:サントリー
鳥居:確かに、メーカーズマークのボトルはすごく印象的ですよね。
ロブ:そして、彼女はもうひとつ、革新的なことをしました。「蒸溜所を観光地にしよう」と考えたんです。当時、蒸溜所に見学客が来ることなんてなかった。でも彼女は「作る過程を見てもらうことで、より愛されるブランドになる」と信じていました。
鳥居:まさにブランドの先駆けですね。
ロブ:そうなんです。祖父と祖母、それぞれのこだわりが組み合わさって、「手作りの最高のバーボン」を作る、というメーカーズマークの哲学が生まれたんです。
写真提供:サントリー
写真提供:サントリー
鳥居:メーカーズマークのウイスキーづくりには、長年受け継がれてきた「こだわり」がたくさん詰まっていると思います。どんな部分に、特に大切にされているポイントがあるのでしょうか?
ロブ:まず一番大切なのは、「味」のためのこだわりです。
鳥居:原料から変えた、というお話は先ほどもありましたね。
ロブ:ええ。そしてもうひとつ、水にも徹底的にこだわりました。
鳥居:水、ですか?
ロブ:はい。私たちの蒸溜所は、アクセスが非常に不便な場所にあります。実は、これは意図的なものなんです。祖父がこの場所を選んだのは、完璧な水源があったから。バーボンの95%がケンタッキーで作られている中で、私の知る限りメーカーズマークは、唯一自社の水源を所有している蒸溜所です。つまり、水の質を100%コントロールできる環境を作っているんです。
鳥居:そこまでこだわっているんですね。
写真提供:サントリー
ロブ:水は、ウイスキーの品質を左右する重要な要素ですからね。そして、発酵・蒸溜の工程でも、私たちは「手作業」にこだわっています。
鳥居:大規模な蒸溜所だと、オートメーション化が進んでいるイメージですが…。
ロブ:そうですね。でもメーカーズマークでは、今も発酵タンクをかき混ぜるのは手作業です。発酵時に、液体の温度や状態を見極めながら、職人たちが木のパドルを使ってかき混ぜます。これは、まさにクラフトマンシップの象徴ですね。
鳥居:すべての工程に、手作業の温もりがあるんですね。
ロブ:そうなんです。そしてもうひとつ、私たちがこだわっているのは「樽」です。メーカーズマークの熟成には、新しく焼いたアメリカンホワイトオークの樽を使いますが、この樽も私たち独自の方法で作られています。
鳥居:どんな違いがあるのでしょう?
ロブ:一般的なバーボンの樽は、樽材を乾燥させてすぐに焼きます。でも、メーカーズマークの樽は18ヶ月間、自然乾燥させてから焼くんです。
鳥居:そんなに長い期間をかけるんですね。
ロブ:はい。この乾燥期間によって、木の中のタンニンが穏やかになり、樽の中でウイスキーが熟成する際に、滑らかで甘みのある風味が引き出されるんです。さらに、私たちは熟成中の樽を手作業でローテーションします。
鳥居:樽をローテーション?
ロブ:はい。普通、バーボンの樽は貯蔵庫の中でじっと寝かされるだけです。でもメーカーズマークでは、樽ごとに熟成のバランスを均一にするため、職人たちが手作業で席替えするんです。これは、世界中の蒸溜所でもほとんどやっていない工程です。
鳥居:そんな手間をかけることで、より品質の高いウイスキーが生まれるんですね。
ロブ:そうですね。そして最後の仕上げとして、すべてのボトルを手作業で仕上げます。
鳥居:マージーさんのこだわりだった、赤い封ろうですね。
ロブ:その通り。すべてのボトルが、手作業で蝋に浸され、唯一無二の形になります。これは、メーカーズマークが「手作りの証」を大切にしていることの象徴ですね。
鳥居:本当に、すべての工程に「職人の手」が加わっているんですね。
ロブ:ええ。それが、メーカーズマークのウイスキーに込められた魂なんです。70年以上経った今も、「味のためにできる最高のことをする」という祖父の哲学は、私たちのものづくりの根底にあります。
鳥居:メーカーズマークはB Corp認証を取得していますが、最初にB Corpを目指そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
ロブ:メーカーズマークは70年間、単にウイスキーを作るのではなく、“どう作るか”を大切にするブランドでした。祖父が創業したときから、品質のために手作業を貫き、地元の農家と長く付き合い、環境に配慮することを当たり前のようにやってきたんです。だからこそ、B Corpを知ったとき、「これはまさに私たちの考え方そのものだ」と感じました。
鳥居:B Corpの理念と重なる部分が多かったと。
ロブ:ええ。でも、ただの共感ではなく、認証を取得することで、自分たちの取り組みをもっと明確に評価し、改善できる機会になるとも思いました。「私たちは本当に良い会社なのか?」「もっとできることはないか?」と問い直すためのフレームワークとして、B Corpの基準は非常に有益でした。
鳥居:実際に認証を取得して、どんな変化がありましたか?
ロブ:まず、自分たちのサステナビリティの取り組みをより体系的に整理できました。そして、認証をきっかけに、持続可能な農業への関与をより深めるようになったんです。
鳥居:持続可能な農業が、ウイスキーの生産にも影響するということですか?
ロブ:はい。持続可能な農業は、ただ環境のために良いだけでなく、ウイスキーの味にも影響します。たとえば、私たちはコーンや小麦を地元の農家から仕入れていますが、単に原料を買うのではなく、農家と協力して再生農業(リジェネラティブ・アグリカルチャー)を推進しています。
鳥居:具体的には、どんなことをしているのでしょう?
ロブ:たとえば、畑の土壌の健康を維持するために、農薬や化学肥料の使用を最小限に抑えたり、輪作(異なる作物を順番に植える方法)を取り入れたりしています。農業が持続可能になれば、土壌の栄養が保たれ、結果的により良い穀物が育ち、ウイスキーの風味も豊かになるんです。
鳥居:環境への配慮が、味にもつながるんですね。
ロブ:その通りです。そして、農業だけでなく、蒸溜所全体でサステナビリティを徹底しています。たとえば、ゼロ・ランドフィル(埋立廃棄ゼロ)を実現し、すべての廃棄物を再利用する取り組みも進めています。
鳥居:埋立廃棄ゼロ、すごいですね!
ロブ:たとえば、ウイスキーのボトルを製造するとき、どうしてもガラスの廃棄物が出ますよね。それを粉砕して地元の自治体に提供し、道路の舗装材として活用しているんです。また、製造過程で発生する穀物のカスは、すべて家畜の飼料として再利用しています。
鳥居:すべての廃棄物を何らかの形で循環させているんですね。
写真提供:サントリー
ロブ:ええ。私たちは『持続可能性=環境負荷を減らすこと』ではなく、「より良いものを作るための方法」だと考えています。B Corp認証の取得をきっかけに、それをもっと明確に意識するようになりました。
鳥居:ただ認証を取るだけでなく、そこからさらに取り組みを発展させているんですね。
ロブ:そうですね。私たちはメーカーズマークを100年後も続くブランドにしたい。そのためには、短期的な利益だけでなく、未来を見据えた決断をし続けることが大切です。
鳥居:まさにB Corpの理念そのものですね。
ロブ:B Corpは、「良い会社」であることの基準を示してくれるもの。でも、認証を取ることがゴールではなく、それをどう生かして、より良い未来を作るかが大切なんです。
鳥居:企業文化を守るために、特に従業員に対してどのような取り組みをされていますか?
ロブ:企業文化の本質は、プレッシャーの中でどうチームを扱うかにあります。
鳥居:プレッシャーの中で?
ロブ:そうです。多くの企業は、『社員を大切にする』と言います。でも、その本質が問われるのは、経営が苦しいときです。厳しい状況でも、従業員をどう支えられるか、それが企業文化の真価だと思っています。
鳥居:具体的には、どのような決断をされてきたのでしょう?
ロブ:たとえば、コロナ禍でも誰も解雇しませんでした。 これは、私たちにとって当たり前の選択でした。パンデミックの間、多くの企業がリストラを行いましたが、私たちは一人も解雇せず、すべての従業員の雇用を守ったんです。
鳥居:なぜその決断ができたのでしょうか?
ロブ:私たちは、短期的な利益ではなく、長期的な関係性を重視しています。社員はただの労働力ではなく、ブランドそのものを支える存在です。だから、一時的な危機のために長年築いた信頼関係を壊すわけにはいきませんでした。
鳥居: 働く人たちを第一に考える姿勢が徹底されていますね。バリューブックスでも、企業の成長とともに、スタッフ一人ひとりのキャリアをどう支えるかを考えています。私たちのスタッフの約3分の2は女性で、多くが子育てや家庭と両立しながら働いています。でも、企業として女性が管理職に進む道をもっと開いていかないと、結局、組織の意思決定層には偏りが生まれてしまう。だから今、キャリア支援やネットワークづくりに力を入れています。
ロブ: それは素晴らしい取り組みですね。私たちも、企業の成長には多様な視点が必要だと考えています。メーカーズマークでも、蒸溜所のトップをはじめ、マーケティング部門や戦略部門の重要なポジションに女性が多くいます。そして、私たちのテイスティングチームの大半も女性なんです。
鳥居:なぜ女性が多いのでしょう?
ロブ:女性の方が味覚が鋭い傾向にあるからです。だからこそ、私たちは積極的に女性をテイスティングチームに登用しています。
鳥居:合理的な理由があるんですね。男女の役割を固定せず、それぞれの強みを活かしているのが印象的です。
ロブ:まさにそこがポイントです。私たちは、能力と適性に基づいて、最適な人材配置を行うことを大切にしています。 性別や年齢ではなく、「その人が最も力を発揮できるポジションはどこか」を考える。それが、多様性を活かしながらブランドを強くする秘訣だと思っています。
鳥居:それが組織全体の文化にもつながっていく、と。
ロブ:ええ。私たちの企業文化は、ただのスローガンではなく、日々の決断の積み重ねから生まれるものです。 だからこそ、従業員を尊重し、彼らが安心して働ける環境を作ることが、最終的にはブランドの価値を高めることにつながるのだと思います。
鳥居:多くの企業が持続可能性を重視し始めていますが、長期的な視点を持つことが難しいと感じる人も多いです。日本のビジネスリーダーに向けて、特に伝えたいことはありますか?
ロブ:まず伝えたいのは、良いことをすることは、ビジネスにも良い影響を与えるということです。
鳥居:持続可能性の取り組みが、ビジネスにも好影響を与える?
ロブ:はい。短期的な視点では「利益が減るのではないか?」と思うかもしれません。でも、私たちの経験では、長期的な視点で見たとき、持続可能な経営のほうが、ブランドの価値を高め、より多くの人に支持されることがわかっています。
鳥居:短期的な利益ではなく?
ロブ:100年先のブランド価値を考えるべきです。 ビジネスの世界では、短期的な収益に目が行きがちです。でも、本当に価値がある企業とは、時間をかけて信頼を築き、社会や環境に良い影響を与え続ける企業ではないでしょうか。
鳥居:たしかに、長く愛されるブランドには、長期的な視点がありますね。
ロブ:ええ。そして、もうひとつ大事なのは、消費者は、何が本物であるかを見抜く力を持っているということです。
鳥居:どういう意味でしょう?
ロブ:企業が掲げる理念やサステナビリティの取り組みは、表面的なものではなく、本当に実践されているのかが重要です。消費者は、企業の本気度を見抜く力を持っています。だからこそ、私たちは「まず実践する、それから語る」という姿勢を大事にしています。
鳥居:本当に実践しているかどうか、消費者は敏感に感じ取る、と。
ロブ:そうです。たとえば、私たちがB Corp認証を取得したのは、消費者にアピールするためではなく、すでにやっていたことを客観的に評価してもらうためでした。
鳥居:なるほど。では、B Corpを目指す企業が今からできることは?
ロブ:自社のビジネスを、100年後の未来から見たときにどう映るかを考えることです。今の意思決定が、長期的にどんな影響を与えるのか。その視点を持つことで、自然と正しい道が見えてくると思います。
写真提供:サントリー
対談を終えて、メーカーズマークが100年後を見据えて選択を重ねてきたように、私たちも本の循環を守り、よりよい社会をつくるためにできることを積み重ねていきたい、と改めて強く思いました。
短期的な利益だけを追うのではなく、本の価値を最大限に生かし続けること。売ることができない本も、次の役割を見つけ、新たな循環につなげること。そして、本を愛する人たちが、ずっと本とともにある暮らしを楽しめる環境をつくること。
B Corpとして、その未来を見据えながら、バリューブックスはこれからも歩みを続けていきます。
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撮影:西田 香織
posted by 北村 有沙
石川県生まれ。上京後、雑誌の編集者として働く。取材をきっかけにバリューブックスに興味を持ち、気づけば上田へ。旅、食、暮らしにまつわるあれこれを考えるのが好きです。趣味はお酒とラジオ。