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本に触れる。
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2019-01-20

本が命を終えるとき—古紙回収のゆくえを追う—

 

 

みなさん、こんにちは。

バリューブックスで編集者としてはたらく、飯田と申します。

 

(取材先で、慣れないヘルメットを被りぎこちなく微笑んでいるのが私です)

 

 

1万冊

 

突然ですが、みなさんは、これが何の数字かお分かりになるでしょうか。

 

実はこちら、バリューブックスが1日に古紙回収に回している本の数なのです。

バリューブックスには、毎日約2万冊の本が届きます。そして、実はそのうちの半分を買い取ることができていません。

 

 

なるべく、本を本として活かしたい。インターネットでの販売が難しい本も、差し出し方を変えればまだ読まれるものがあるはず。

その思いから、本をレスキューするプロジェクトに挑戦してきました。

 


送料を有料にし、その分査定額を引き上げた買取サービス、バリューブックス

学校や保育園といった諸施設に本を寄贈する、ブックギフト

古紙回収に回る本の数を減らすため、中古市場からつくり手への利益還元を目指すバリューブックス・エコシステム

廃棄の前にスタッフが本を選別し、格安で本を販売するアウトレット本屋、バリューブックス・ラボ


 

古紙回収に回る本の数を減らそう、という思いをずっと抱えてきました。

しかし、それと同時に、ある疑問もずっと持っていました。

 

「古紙回収に回った本は、その後、どうなっているんだろう?」

 

バリューブックスから出た本も、みなさんが古紙回収の日に出した本たちも、最終的には製紙工場に運ばれ、新しい紙へと生まれ変わります。

なので、私たちも「古紙回収に回っていく本は、また紙へと生まれ変わるんです」と説明してきました。

それは事実ではあるけれど、そのことを直接、自分たちの目で見たわけではありません。

廃棄されたたくさんの本がどうなっていくのかを、きちんと知りたい。そんな思いから、バリューブックスから古紙回収に出された本の跡を追い、紙へと再生されていく模様を取材しました。

 

 

なお、本記事にはたくさんの写真や動画を載せています。

そこには、読み物としての命を終え、新しい紙へと生まれ変わるためにモノとして扱われる本が写っています。

取材時の僕たちがそうであったように、本が好きな人にとっては、ショッキングな光景もあります。

それでも、日々たくさんの本が古紙回収に回るということ、また、それらが確かにリサイクルされるということを、感じ取っていただけたら幸いです。

 

5つの工程を経て、本は紙へと生まれ変わる。

古紙回収に回った本が紙になるまでに、大きく分けて5つの工程がありました。

それがこちら。

① 集める
② 固める
③ 運ぶ
④ 溶かす
⑤ 紙にする

この流れを辿りながら、古紙回収の流れを説明していきますね。

まずは、たくさんの本を集めるところから始まります。

 

 

上田市内3つの倉庫から本を「集める」

 

 

バリューブックスが出している古紙の回収は、回収業を行う直富商事株式会社さんにお願いしています。上田市に3つの倉庫を構えるバリューブックス。倉庫に備えつけたコンテナはすぐにいっぱいになってしまうので、日々回収に来ていただいています。

複数の工場を構える直富さんですが、バリューブックスの古紙は上田市のお隣、東御市にある工場へと運ばれていきます。

 

 

千曲川にほど近く、様々な工場が軒を並べる一帯。僕たちも、今回の取材ではじめて足を踏み入れます。

ふだん、僕らは自社の倉庫から直富さんに本をお渡しするだけ。近くて遠い、という言葉を実感しながら工場内に入っていきました。

 

 

工場に入るとすぐに、回収を終えたトラックが戻って来ました。コンテナの中は、バリューブックスの本でいっぱい。

そう、これから写真に写る本はすべて、バリューブックスから出たものになります。

通常は他の会社や施設から回収したものと混ざる場合もあるのですが、「バリューブックスから出た本がどうなるのかを知りたいんです」とお伝えしたところ、快くご対応いただきました。

 

バリューブックスから直富さんに送られたたくさんの本。今からこれを、「固め」ていきます。

 

 

ボックス状に本を圧縮して「固める」

 

 

直富さんに集まった本ですが、これらはまた、静岡の製紙工場へと運ばれることになります。バラバラのままでは長距離の輸送が難しいため、まずは「ベーラー」という機械で本を圧縮し、梱包する作業を行います。

 

 

ドサドサとコンテナから流れ落ちる、たくさんの本。読み物としての役割を終え、これから紙へと再生される旅に出ます。

 

 

興味深かったのが、本を投入する前にベーラーに配置されたチラシたち。

実は、これが本を強く固める役割を持っているんです。

 

 

圧縮した本は細いロープで結束するのですが、実はその中身が本だけだとうまく固まらず、バラバラと崩れてしまうそう。そこで、薄いチラシなどを”混ぜ物”として掛け合わせることで強度を増しているんです。

ハンバーグのつなぎに近い効果を出しているわけですね。

本のあとに入れても効果がなかったり、チラシの量は全体の2割ぐらいがちょうどいいなど、混ぜ物にはコツがいくつかあります。これらのノウハウは、直富さんが試行錯誤しながら見つけていったそうです。

 

 

下準備された混ぜ物と合わさった本は、ベルトコンベアでゆっくりとベーラーの上部へ。

写真からは伝わりづらいですが、あたりにはベーラーの駆動音と、バラバラと音を立てて崩れる本の音が響きます。

 

 

ベーラーの最頂部にたどり着いた本は、回転する攪拌(かくはん)器を経由しながら落下していきます。

これも試行錯誤のたまもの。ただ落とすだけではうまく混ざらず、直前で攪拌機にかけることでしっかりと固まるようになるそうです。

 

 

本が持ち上げられていくのを見届けたあとは、ベーラーの正面から横へと移動します。待ち構えていると、バサバサと本が落ちてくる音が響いてきました。

 

 

本がまさにボックス状に圧縮される場面は、残念ながら壁に覆われ外から見ることはできません。それでも、小さな小窓からはちらりと本の姿が。ギュギュッと固まっていく様子を覗くことができました。

 

 

1回の作業でつくられる古紙のボックスは、2〜3個。新しいボックスに押し出される形で、ロープで梱包されたものがゆっくりとベーラーから出てきました。

 

 

そして、たくさんの本といくつかのチラシが混じり合った古紙のボックスが完成しました。

重さは、ひとつにつき約1トン。

その説明を受けた時、「ここから先は、本を冊数ではなく重さで扱っていくんだな」ということに気がつきました。読み物から紙の束へ、本の意味合いが変わる場面を目の当たりにした心地でした。

 

 

長野から静岡へ、約200kmの道のりで本を「運ぶ」

 

 

コンテナに詰まっていた本たちが、気がつけば箱状の塊に様変わり。

ここから、トラックへの積み込みが始まります。

 

 

約1トンの塊をひょいっと持ち上げるフォークリフト。テキパキとした作業で、空だったトラックに次々と古紙が積まれていきます。

 

 

「オーライオーライ!」「もうちょっと!」なんて掛け声を交わしながら、次第にトラックは古紙でいっぱいに。作業のスピードもさることながら、ほとんどズレなく緻密に積み上げていく技術に舌を巻きます。

 

 

今回トラックに積み込んだのは、12個のブロック。これだけで、約12トンの重さになります。

 

 

積み上げられた古紙はこのあと、静岡県の製紙工場へと運ばれます。写真の古紙に貼られた紙は、その納品時に使用するもの。鋭い方は、この紙に書かれた「雑誌」という言葉が気になるかも知れません。

「文庫や単行本、辞書だってあるはずなのに、なぜ雑誌なの?」と。

実は、リサイクル業界では本全般のことをまとめて「雑誌」と呼んでいるのです。この記事でも使っている「古紙」という言葉は、ダンボールや新聞紙、紙パックなどのことも含んでいます。そこからさらに本だけを区別する意味で、「雑誌」という呼び名がつけられているんです。

 

 

準備が整ったトラックは、いざ静岡へ。

この古紙が処理されるのは、翌日。一晩時間を置いて、私たちも跡を追いかけます。

 

 

豊富な富士の水で紙を「溶かす」

 

 

古紙を積んだトラックを見送った翌日、製紙会社の興亜工業株式会社さんがある静岡へ向けて早朝の出発です。

目的地は、静岡県富士市。もう少し車を走らせると到着だ、という頃合で大きな富士山も姿を表しました。

 

 

車を走るせること、3時間半。ついに、興亜工業さんに到着しました。

あたりには、興亜工業さんだけでなく多くの製紙会社が立ち並んでいます。 その理由は、紙づくりにたくさんの水を使うから。 富士山の湧き水など、水が豊富な富士市では製紙業が盛んなのです。

 

いよいよここから、実際に本が加工される現場を見ていきます。

 

 

興亜工業さんは、その広さ約19万平方メートル。東京ドーム約4個分という敷地を要しています。移動用にと、工場内に自転車が置いてあることにも納得です。

広大な敷地に所狭しと並ぶ、山積みの古紙。毎日入荷される2000トンの古紙を、24時間稼働でさばいています。扱う古紙は、主に雑誌・新聞紙・ダンボールの3種類。それらを原料とし、配合を変えながらまたダンボールをつくったり、ザラ紙と呼ばれる紙にしています。

ザラ紙は、紙の繊維を感じられるちょっとゴワゴワした紙。「少年ジャンプ」のように週刊の漫画誌で使われている紙、と言えばご想像しやすいかも知れません。

 

 

案内を受けながら倉庫に入っていくと、そこには前日に直富工業さんの工場で梱包されたあの古紙の山が。

 

 

ボックスに貼られたシールも、あの時と同じものです。

いよいよここから、本を溶かす工程に入っていきます。

 

 

古紙の塊は、再びベルトコンベアへ。

運び上げられた古紙は、これから「パルパー」と呼ばれる大きな大きなミキサーに放り込まれ、水と巨大な刃の回転で溶かされていきます。

 

これから、その様子を動画でお届けします。本が本でなくなる瞬間。少し、衝撃が強いかも知れません。

 

 

固められていた古紙は、再びバラバラにほどけていきながら、自然落下でパルパーへと吸い込まれていきます。

左から流れ落ちるのは、何度も再利用するため茶色く濁った、ただの水。なんと、この作業では特に薬品は使っていないんです。細かく本を砕いていき、繊維にならないプラスチックなどは排出される仕組みになっています。

 

 

本がすべて投入され、ある程度水が注ぎ込まれると、おもむろに中央の刃が動き出します。すぐに目にも留まらぬ速さになり、巨大な洗濯機のように渦が本をぐるぐると回転させていきます。

空間には轟々と音が鳴り響き、隣にいる人との会話もままなりません。ただ、眼前の光景に目を奪われ、会話の必要はありませんでした。大きな音が鳴り響くなか、静かに本のゆくえを見つめます。

 

 

瞬く間に古紙と水とが混ざり合い、ドロドロとした形状に姿を変えていきました。

 

 

水の排出が終わり、パルパーも停止すると、あたりは静かさを取り戻しました。細かく砕かれ、この灰色の液状となった古紙が、新しい紙への原料となります。

ふだんカメラが入ることのない現場。その光景、鳴り響く音、ツンとした匂いに、少し頭がクラクラしてしまいました。

 

伸ばし、絞り、乾かし、古紙を新しい「紙にする」

 

写真提供:興亜工業株式会社

 

衝撃冷めやらぬまま、工場のさらに深部へと足を踏み入れます。先ほど溶かされていった古紙は、遠心分離機などを経てさらに細く繊維を取り出し、紙の原料になります。

実は、企業秘密の機械もたくさんありこちらのパートは撮影不可。それでもご好意で、2枚の写真をご提供いただけました。

上の写真に写るのは、抄紙機。その名のとおり「紙を抄(す)くための機械」です。先ほどと同じく、ここでも大きな機械音が響いています。丁寧に説明してくれる興亜工業さんも自然と大声に。それでも1mも離れると聞き取るのが難しく、こちらもぐいっと耳を傾けながら話を伺いました。

 

この抄紙機が行うのは、主に3つの作業。

・紙の繊維が詰まった原料(この時点では99%が水)を薄く伸ばし、紙の形にする。(ワイヤーパート)

・薄く伸ばした紙をロールで挟み込み、水を絞っていく。(プレスパート)

・仕上げに蒸気で温めたロールで乾かしていく。アイロン掛けのようなもの。(ドライパート)

 

とてつもない速さで「紙の繊維」が「紙」へと変わる様子に驚きながら抄紙機の出口へ行くと、そこには巨大な紙のロールが出来上がっていました。

 

写真提供:興亜工業株式会社

 

写真の中央少し右に写るスタッフの方と、その奥に横たわるロールを見ていただければ、その大きさがお分りいただけるでしょうか。そこには、私たちの背丈をゆうに超える大きな紙の塊が。漉されて、漉されて、繊維だけとなった紙の原料が、存在感たっぷりに新しい紙へと姿を変えていました。

ここからさらに、様々な要望に合わせて切り分け、この紙は出荷されていきます。

 

本が紙へと生まれ変わる。

ついに、その道程の一部始終を直接見ることができました。

 

 

紙にならなかったモノのゆくえ

 

 

今回の取材を振り返る前に、「紙にならなかったモノ」はどうなっているのか、という話もさせてください。

古紙から繊維を取り出す過程で出てくる、不純物。プラスチックや金属を含むそれらを、興亜工業さんでは焼却処理にかけています。その燃え殻は、「焼却灰」と「金属類」の2種類に分けることができます。

 

 

こちらが焼却灰。

実はこの焼却灰、捨てるのではなくセメントの原料として使われます。

 

 

一方こちらは、金属類。

これもまた、このあとに鉄鋼の原料として再利用されます。

 

そう、捨てるものはなく、紙へとならなかった不純物も余すことなく再利用へと繋がっているんです。廃棄物を出さずに循環を続ける、「ゼロ・エミッション」という取り組みを実現されていました。

 

 

また、製紙工場では非常に多くの水を使います。興亜工業さんで毎日追加される水の量は、約5万トン。工場内は常に20〜30万トンの水が循環しています。

古紙を溶かす工程でご覧いただいた、茶色い水。あの水も、きれいに浄化させる排水処理が整っています。水の処理場で汚れを沈降させ、微生物に食べさせて分解。きれいな水の上澄みを、工場外へと排出しています。

処理場の底に沈降させたカスはどうするかと言うと、こちらも焼却炉へ。その後の流れは、上でご覧いただいた通りですね。

 

「再び使う」ということが、ここまで緻密に、高いレベルで実現していることに驚かされました。

 

 

本は、真っ当に扱われていました

 

 

取材を終えたあと、「古紙が紙になるところを見てきたんだ」と、巨大なミキサーで本が細切れになっていく動画を何人かに見せる機会がありました。

みんな驚き、興味深く見てくれると同時に、何度か「この光景を見ていて悲しくならなかった?」と尋ねられました。今考えれば、聞かれてもおかしくない問いかけのはずですが、なぜか初めははそんな質問がされるとは思わず動揺してしまいました。

一瞬の間を置いて出てきたのは、「悲しくはなかったです」という言葉。それは、偽りのない返事でした。

 

でも、その後は、なぜ自分は悲しまなかったのだろうという疑問がずっと頭を離れませんでした。いち古本屋のスタッフとして、いち本好きとして、ささやかではあるけれど僕は本という紙束を愛しています。

その本がモノとして扱われていくことに、どうして悲しみを覚えなかったのだろう。それは、今回の記事を書いていくうちに、少しずつ見えてきた気がします。

きっとその理由は、「本が真っ当に扱われている」ことを知れたから。

 

 

今、古紙回収にたくさんの本が出されていくという現状がある。僕はこれを、よしとは思いません。ゼロにすることはできないけれど、もっと減らすことができる、もっと無駄のない仕組みを目指せるんじゃないか、と。

でも、その前提を踏まえつつも、回収された本たちは見事に再利用されている。ほとんど無駄なく、多くの工程を経て、紙としての新しい命を与えられている。

それを実感した時、一見先ほどの言葉と矛盾するようですが、本が紙へと再生されていく様子に自分が嬉しさのような物を感じていることに気がつきました。

 

95%。

 

記事の最後もみなさんへの問いかけとなってしまいましたが、この数字がなんだかお分かりでしょうか。

これは、運ばれてきた古紙の再生率になります。100トンの古紙が届くと、それは95トンの紙へと変わるんです。当然のように興亜工業さんは淡々とこの数字を語りますが、僕は想像以上の高さに心から驚いてしまいました。

日本における古紙の再生率・再生技術は、世界の中でも先駆的だと言うことも、これを機に知ったことです。

 

 

紙の繊維となった本たちは、配合によってダンボールになったり、ザラ紙になったりします。帰り際、お土産としていただいたペーパータオル。この一部にも、雑誌が使用されています。

なんてことのないシンプルなペーパータオルなのですが、「あの本たちが、これに」と思うと、その手触りを何度も指で確認してしまいます。

 

今回の取材で、本が本としての命を終えるところ、そして、紙としてまた新しい命が始まるところを見ることができました。

バリューブックスはこれからも変わらず、廃棄せざるを得ない本を減らせるよう、まだ読み物として価値が求められている本をレスキューできるよう、取り組んでいきます。

でも、それに加えて、これからはお客様により一層「古紙回収に回った本たちは、また紙になるんです」と、自分たちの言葉でお伝えできるようになりました。

 

紙からつくられ、言葉を宿して本となったモノが、また紙へと戻っていく。

その一部始終を追いかけた本取材は、驚きと、発見と、問いに満ちたものになりました。

 

取材協力:
直富商事株式会社
興亜工業株式会社

posted by 飯田 光平

株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。

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