発売前より話題を呼んだ高橋悠治と坂本龍一による幻の対談本『長電話』の復刊によせたコメントを公開中!
2024-10-01
2024-02-23
長野県・軽井沢の地に、2020年に開校した「軽井沢風越学園」。3歳から15歳までの年齢の子どもたちが、ひとつの校舎で学び、異年齢のコミュニティのなかで「わたしをつくる」経験を積み重ねていきます。
ライブラリを中心に開かれた、仕切りのない校舎。チャイムもなければ、同学年によるクラスもない。子どもたちは大人を「先生」と呼ばずに、お互いに呼ばれたい名前で呼び合います。わたしは取材のためのたった数時間の滞在で、これまで持っていた学校の常識をするすると、塗り替えられてしまいました。
そんな風越学園がつくる本『プロジェクトの学びでわたしをつくる』を、この春、バリューブックス限定販売で発売します。「全国で子ども中心の学びをつくろうと奮闘する教育実践者にこそ届けたい」と、これまでの試行錯誤してきた実践を正直に書き記した1冊です。
風越学園、本書の印刷を手がけた藤原印刷、そして私たちバリューブックスは同じ長野県内で活動する企業。距離感だけでなく、近しい価値観を持つ仲間として交流するなかで、本書の刊行を知りました。「書店の教育書の棚に埋もれるよりも、届けるべき人に届けたい」という風越学園の想いを受け、バリューブックスが本書の販売、ならびに書店利益分を風越学園に還元することでその活動をサポートしていきます。
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発売に先んじて、今回の本のテーマでもあり、風越学園が大切にする「プロジェクトの学び」について、校長・岩瀬直樹さんにお話をうかがいました。
浅間山の麓に位置する、森に開かれた学校。幼稚園と義務教育学校(小学校・中学校)が混在する校舎は、3万冊を超える蔵書があるライブラリを中心に、図工室や技術家庭室などからなるラボや、保護者も含めて使えるキッチンが併設しています。いわゆる「教室」のような仕切られた部屋はほとんどなく、異年齢の子どもたちが、オープンな空間のなかで共に過ごしています。
—— なにもかも新鮮な風越学園ですが、一般的な公立の学校との大きな違いをあげるなら何でしょうか?
岩瀬さん:「『子どもこそがつくり手である』ということを真ん中に置いているところですかね。自分たちの問いから生まれた『探究の学び』を大事に、12年という連続した時間のなかで、つくる経験を積み重ねています。例えば、スポーツフェスティバルや卒業式などのイベントも大人が用意するのではなく、子どもたち自身で企画し、運営しています」
—— 開放的な校舎は、アスレチックのようなワクワク感があります。中心にライブラリを置いた環境も、つくり手として成長を促しているのでしょうか?
岩瀬さん:「そうですね、子どもたちの活動に合わせて、いつでも本を手にとれる場所にしたかったからです。何か学ぶときの起点になったり、新しい世界を知ったりとか、疑問が生まれた時に、伴走してくれるのが本の役割。そこから何か作ってみたい時にすぐ行動できる場所として、道具や材料が揃うラボがあります。さらに、校舎から一歩外に出れば、多様な動植物が生息する森が広がっている。いつでも本物が近くにあることが、子どもの学びにとって、すごく大切なことだと思っています」
22年間で4校の公立小学校で教員を勤めた後、大学教員を経て、風越学園の校長に就任した岩瀬さん。学校づくりを通して、「幸せな子ども時代に貢献したい」と思うようになったきっかけは、どのようなことだったのでしょう?
岩瀬さん:「長女が小6の時、『学校へいきたくない』という時期がありました。『ずっと座って授業を聞くのはつまらない。お父さんはいいよね、自分のクラスが楽しくて』、と言われて初めて、自分の学級や身近なところだけ幸せになっても意味がないと気づきました。その後、長女は自分の好奇心を受け止めてくれる中高一貫校に入学し、学校生活を楽しそうに過ごしていましたが、僕はそのことをきっかけに、幸せな子ども時代が広がっていくにはどうしたらいいか考えるようになりました。
—— 岩瀬さんにとって「幸せな子ども時代」とは、どういうものでしたか?
岩瀬さん:「僕自身の子ども時代は、北海道の大きな団地で暮らしていました。僕はいわゆる多動な子どもで、授業中立ち歩いたり、すぐ喧嘩したり、怒られてばかりで学校はあまり好きじゃなかった。その代わり、放課後の時間が何よりの楽しみでした。走って家まで帰って、団地の中の広い空き地で真っ暗になるまで、いろんな年齢の子どもたちと遊び続けていました。野球をやったり、ベーゴマをやったり。大人の目がない、子どもだけの自由な時間が楽しかった」
—— 異年齢の子どもたちと過ごす思い出は、今の風越学園に見る日常とよく似ていますね。
岩瀬さん:「そうですね。僕の場合は、遊びのなかで築いた幸せの記憶ですが、ここでは遊びと学びが重なるようにルールや制度は最低限とし、各々が学びたい場所を選び、自分の興味関心から出発したことを探究する時間を大切にしています」
—— 現在の学校づくりや教育方針において、影響を受けたものはありますか?
岩瀬さん:「いちばん影響を受けたのは、大学時代に授業で訪れた同じ長野県にある伊那小学校です。教科書だけで勉強するのではなく、クラスで牛や羊を飼う経験から、学んでいるんです。たとえば牛の餌代を計算するために算数を学び、命を学ぶことで理科を学ぶ。本物から学ぶ体験は、子どもにとっても楽しいし、記憶にも残りますよね。驚くのが、これを実践するのがふつうの公立学校なんです。学校ってこんなこともできるのかと衝撃でした」
—— それまで、学校教育にあまり期待はしていなかった?
岩瀬さん:「はい。『幸せな子ども時代に貢献したい』という思いはあったけど、野外キャンプなど、遊びの場にあると思っていました。没頭できる経験が学校の中でもあり得るんだという気づきは、人生のなかでも大きな経験でした。その学校に出会っていなかったら、教員という仕事は選ばなかったと思います」
—— 校舎を見学していると、異年齢の子どもたちがラボでミシンを動かしたり、キッチンで料理を作ったりする姿がありました。今日の子どもたちは「ホーム」という単位で活動しているようですが、どのようなコミュニティなのでしょうか?
岩瀬さん:「風越学園では、同年齢のクラスではなく、異年齢ごとのホームを採用しています。「幼稚園」「1年生〜4年生」「5年生〜9年生」の区切りで各5つ、全部で15のホームがあります。毎朝30分と月に1度のホームの日を一緒に過ごしていて、実は、今日もちょうどそのホームの日なんです。日常の学びは、2学年(1・2年生、3・4年生など)のラーニンググループと呼ばれる集団で過ごしています。
—— いつも以上に子どもたちが異年齢でまざって活動している日だったんですね!ホームの過ごし方はどのように決めているのでしょうか?
岩瀬さん:「それぞれのホームで話し合って決めています。今日はたっぷり遊ぼうとか、料理を作ろうとか、“聴き合う”ことで、“多様性を認め合う”ことを大切にしています。ホームで割り当てられている予算を使いきってしまったホームの子たちは、自分たちで作った味噌をベースに、味噌ラーメンを売って、稼いだお金でスケートにいく計画を立てていますよ」
—— すごい!「ないものはつくる」の考えがホームの活動にも生かされているんですね。ホームにはそれぞれ担任が付いているんですか?
岩瀬さん:「ひとつのホームにつき、2~3人のスタッフが付いています」
—— 先生ではなく、“スタッフ”?
岩瀬さん:「映画のエンドロールってありますよね。最初に役者さんの名前があって、次に制作スタッフの名前が流れる。学校にとっての一番の主役は子どもたちなので、大人は彼らを支えるスタッフというイメージです。幼稚園、小中学校の教員、事務局(風越学園ではリソースセンターと呼ぶ)も全員がスタッフ。子どもたちにはあだ名で認識されていることも多くて、僕はゴリさんと呼ばれています。僕の役職が校長だと知らない子もいますよ(笑)」
—— たしかに、先生という名称は子どもたちを先導するイメージが強いですもんね。教員の方たちは「スタッフ」という立ち回りを自然と受け入れていたのでしょうか?
岩瀬さん:「いえ、やはり戸惑いがある人はいますよ。『ここにいるとこれまでの全部の武器を剥がされたような気持ちになる』と言う教員もいました」
—— というと?
岩瀬さん:「公立の学校では、チャイムが鳴ると教室に戻ってきて、授業中は静かに座っている。勝手に発言しないし、教員の話もたいていちゃんと聞きますよね。そういう制度や学校空間、暗黙のルールに守られて、教員でいられる。でも、ここでは教室がないし、チャイムもならない。教員の言葉ではなく、“ 私の言葉 ”でないと子どもたちに伝わらないんです。『話していても目の前からいなくなるんです』とスタッフが嘆くことも少なくありません」
—— ルールに守られていたのは大人の方だった。
岩瀬さん:授業だけでなく、異年齢のホームの運営もとても難しいんです。子どもと一緒に『つくる』ことを楽しめる大人じゃないと過酷に感じることも。ホームやラーニンググループを複数のスタッフで運営することは、支え合うことで安心できると感じる人もいれば、ひとりで自由にできないもどかしさを持つ人もいます」
子どもたちの学びの時間には、主に「土台の学び」と「テーマプロジェクト」と「マイプロジェクト」の時間があります。スタッフから提案されたテーマをグループで探究する「テーマプロジェクト」と、個人の“知りたい”“やってみたい”という思いから出発する「マイプロジェクト」のふたつのプロジェクトは、風越学園の学びの核だといいます。
—— 「プロジェクト」は全体の授業のどれくらいを占めているんでしょうか?
岩瀬さん:学年によってグラデーションはありますが、「週に28時間の学習のなかで、『テーマプロジェクト』が6時間、『マイプロジェクト』が4時間、あわせて週10時間をプロジェクトにあてています。それくらい学びの核だと思っています。
—— 全体の3分の1以上!なぜそれほど熱心に取り組むのでしょうか?
岩瀬さん:「気になることをとことんやるという経験が、つくり手を育んでいくからです。いかにスピーディーに正解へ辿り着くかではなく、自分の興味をエネルギーにして、探究していくことが学びであると思います」
—— そういえば、校舎を見学している時に、制服をつくるマイプロジェクトを見かけました。
岩瀬さん:「中学生の女の子2人が始めたプロジェクトですね。いよいよ業者とも調整がついて実現しそうですよ。うちは部活動もないのですが、バレーボール部をつくって、練習合宿を開催している子もいます。ないならつくるという感覚が、大人になった時に、社会は自分たちがつくっているという実感とつながるんじゃないかな」
——プロジェクトにこれだけ時間を割くことで、教科の学習がおろそかになったりしないのでしょうか?
岩瀬さん:先にお話した伊那小学校の「牛の餌代を考えるために算数を学ぶ」という考えと同じで、テーマプロジェクトの中で、教科の内容も学べるような設計をとっています。例えば、『光』をテーマにしたプロジェクトのなかで、理科の電気回路を学んだり。教科の内容をいかにプロジェクトのなかに織り込むか、その設計を大事にしています。
「学びは子どもが自ら探究していくもので、一方的にインストールするものではない」という価値観に対して、社会的合意が増えてきていると話す岩瀬さん。「プロジェクトの学び」を通して教育現場を豊かにしたいと考える人がいるにも関わらず、多くの学校で実践まで至らないのには、理由がありました。
岩瀬さん:「一斉授業による学びは、これまでの研究の蓄積もあり、体系化されていますが、プロジェクトの学びは、どんな授業を行うのが正解なのか、まだ整理されていないから。実践していくには何を経験して、どんな力をつけたらいいか、まだ必ずしも明らかになっていないんです。
—— 先ほどのスタッフの戸惑いもこういうところが原因ですよね。
岩瀬さん:「はい。もうひとつの理由に、教員自身が子ども時代に1万3000時間くらい学校で授業を受け続け、『学校はこうあるべきだ』とか、『授業はこうあるべき』ということが、染み付いてしまっているから。ましてや先生という職業を選んだ人は、それが心地よかった人たちの方が多い。自分が経験したことのないことを実践するのは、難しいです。ちょっとうまくいかなくなると、自分が学んできた安心する方に戻りたくなる」
岩瀬さん:「そういう環境でもなんとか子どもを真ん中にした探究の学びを生み出そうと奮闘する実践者のみなさんに向けて理論的な背景を学び、『プロジェクト』を実践していくためのツールとして、僕たちは本をつくりました」
—— 『プロジェクトの学びでわたしをつくる』では、風越学園のこれまでの体験や、葛藤、悩みもすべてスタッフたちの正直な言葉で語られていますね。
岩瀬さん:「風越がモデル校として全国に広がってほしいわけではなく、公立の学校が変わる触媒のような存在でありたいと思っているので、きれいな部分だけでなく、試行錯誤するプロセスから、実際の授業を見ているように伝わればと思っています。
私たちの『実践を外に開いていく』という、開校当時からの願いがついに本というかたちで叶います。風越学園の挑戦に刺激を受け、『これだったら自分たちもできそう』『こんな可能性があるんだ』と実践したい人の手掛かりになればうれしいです。本を通じて、ひとりでも多くの教育者に『風越学園の学び』を体験してもらえますように」
本書を購入してくださった方全員に、特典映像をお送りします。
子どもたち一人ひとりの「〜したい」から始まるマイプロジェクトに伴走するスタッフが大事にしていることや葛藤についてインタビューをまとめたものです。5月以降にメールにて映像ページをご案内します。
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(4月上旬以降、順次お届け予定です)
本書の販売に伴う書店利益分を、「風越学園」に還元いたします。「バリューブックスで本を購入することが、著者の活動のサポートになる」、そんなかたちを目指しています。
写真:古厩志帆
posted by 北村 有沙
石川県生まれ。上京後、雑誌の編集者として働く。取材をきっかけにバリューブックスに興味を持ち、気づけば上田へ。旅、食、暮らしにまつわるあれこれを考えるのが好きです。趣味はお酒とラジオ。
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