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2022-03-17

木の実の摩訶不思議な小宇宙 トークイベント「ジャムと木の実を売りながら」

 

2020年11月に書籍『世界のふしぎな木の実図鑑』が刊行されました。著者のおひとりとして名を連ねているのは、軽井沢でジャム店「ジャムこばやし」を営む小林智洋さん。「小林商会」という屋号で、木の実の販売も手掛けています。

 

刊行を記念して、2020年12月13日(日)夜、「本屋未満」(現在の店名は「NABO」)にてトークイベントを開催。小林商会を開くに至った経緯、本の制作秘話などを、スタッフ池上がたっぷり伺いました。

 

小林智洋さんプロフィール/1978年、京都生まれ、軽井沢育ち。早稲田大学第一文学部哲学科東洋哲学専修卒業。食品商社勤務を経て、実家のジャム店「ジャムこばやし」を継ぐ。木の実の面白さ、可能性に気づき仕入れを始め、2010年に東京の古本屋で木の実販売会を初開催。以降、本業のかたわら「小林商会」として世界の木の実を収集し、ギャラリー展示やイベント、インターネットなどで販売している

 

木の実にたどりつくまで

 

創業当時の写真

 

池上:「ジャムこばやし」は旧軽のいちばんいい通りに面していて、木の実や多肉植物がずらりと並んでいる店先から中に入ると、ジャムがたくさん置かれています。ジャム屋さんはどなたがはじめられたんですか?

 

小林:じいちゃんとばあちゃんです。はじまりは八百屋だったんですよ。小諸の人だったじいちゃんは、戦争から帰ってきて野菜や果物を軽井沢で売るようになって、店を出しました。店の近所に革命で亡命してきたロシア人がいて。その人がたまに作って分けてくれたジャムがとてもおいしいからと、うちのばあちゃんが教わったのが始まりです。

 

池上:木の実に行きつくまで、小林商会を開くまではどういう経緯だったんですか?

 

小林:うちの父親が30年くらい前から、大きめの松ぼっくりを店先で売っていたんですよ。東京に行った時にたまたま入った洋服屋に大きい松ぼっくりが置いてあって、店の人に聞いたら仕入れ先を教えてくれた。それで売るようになったみたいです。面白いし売れると思ったんでしょうね。だから、ジャム屋だけど木の実が置いてあるのが当たり前だったんですよ。自分も中学生のとき、出かけた先で珍しい松ぼっくりをひろうと、すごく嬉しかったのを覚えています。

 

今もさまざまな松ぼっくりを扱う

 

自分独自の木の実体験は、モダマですね。そこにぶらさがっているでっかい豆です。(と言って店内のモダマを指さす) 20歳くらいの時に西表島で初めて見て、あんまりでかいんで驚きました。「これ、めちゃくちゃかっこいい」と買って帰って店に置いたら、お客さんがけっこう手に取るんですよ。その後、いろんな縁で木の実が1種ずつ集まるようになって……。

 

サヤつきのモダマ。最初は中の実だけ売っていた

 

池上:その後も、モダマの時のような偶然の出会いだったんですか?

 

小林:偶然ですね。そのバオバブの実もそうです。バオバブは木が有名なんだけど、実(み)はあまり知られてなくて。何かで見て「おお、かっこいい」と思っていたら、たまたま日本語ペラペラのアフリカ人と出会ったんですよ。アフリカから雑貨を輸入している人で。

 

池上:たまたまで知り合いますか?(笑)

 

小林:たまたま。その人に頼んだら、手に入れてくれて。このライオンゴロシもね、南アフリカに伝手のある輸入商社の社長に頼んだら、半年後によく見えない荒れた画像が送られてきて、売ってくれることになりました。

ライオンゴロシという和名を誰がつけたかは知らないけど、これが生えているエリアとライオンが生息しているエリアは重ならないから、実際にライオンと接点はないみたいです。英語を直訳した名前でもないみたいで、謎ですね。でも、いいネーミングだと思います。違う名前だったら、もっとマイナーな存在だったと思う。

 

今回のトークイベントに小林さんが持参した木の実。右から時計回りに、フタゴヤシ、オニビシ、ウンカリーナ、ライオンゴロシ、バオバブ、スナバコの木

 

池上:そんな感じで、松ぼっくり専門からはじまって、ほかの木の実に広がっていったんですね。

 

小林:最初はね、でかいものしか興味がなかった。でかいものは分かりやすくて面白いから。でも、木の実(きのみ)業界……業界ってほど大きくないんだけど、業界的には大物は売れないというのが通説で、小さい木の実をすすめてくるんだよね。試しに仕入れてみたらけっこう売れたんですよ。それで、がぜん興味が湧いて、調子に乗って種類を増やしていきました。「夢が壊れる」ってよく言われるんですけど、商売として成り立ってなかったらやってませんね。

 

販売会で木の実の縁は広がって

江東区森下のバー「NICO」での木の実販売会の様子

 

池上:木の実の販売会は、どういう感じなんですか? 

 

小林:東京の神保町で古本屋「ブック・ダイバー」を営むご夫婦とたまたま知り合って、「“一箱古本市”をやるから、出ない?」と声をかけてくれて。古本は売らないから「店先で木の実売っていいですか?」って聞いたら、おやじさんが「ああいいよ。好きにやって」と即決でした。

 

池上:「ブック・ダイバー」での出店はその後も続いたんですか?

 

小林:半年に1回ずつやるうちに、木の実もお客さんもどんどん増えていきました。10回やったところで、オーナー夫妻が店をたたむことになって打ち止め。次の出店場所を探していたら、江東区森下で飲み屋をやっている小林夫妻が声をかけてくれたんですよ。小林夫妻は、軽井沢で結婚式をあげる下見に来た時にたまたま寄ってくれて、木の実の買い方がマニアックで面白かった。話しかけたら、名字が同じ小林で同い年という縁もあって。自分が東京に行った時は飲み屋に寄って、小林夫妻も販売会に来てくれてという感じで交流が続いていました。

 

池上:場所を移しての出店はどうでしたか?

 

小林:またしても店外(笑)。出店すると警察が来る場所で、2回目の出店の時は「道路占用許可、受けてますか?」と詰められて。小林さんに「諦めて帰りますか」と言ったら、「ここで帰す訳にはいかない」と、スタッフとふたりでものの数分で店の1階に全て押し込んでくれて、急遽そこでやることになりました。4時間くらい店の中は超満員になってすごい騒ぎだった。その2日目に来たのが、この本を一緒につくった山田英春さん。

 

木の実をさらに深掘り

 

イベントで販売していた木の実たち。木の実を使った「ポンポネ」のアクセサリーや、「コトバヤ」の木の実ハンコも並んだ

 

池上:木の実を仕入れる時は向こうからすすめられるのか、こちらからほしいものをお願いするのか、どちらなんでしょうか。

 

小林:両方ですね。たとえば、このかぼちゃみたいな木の実。木の実フリーク――と言っても5人くらいですが――の間では有名で、ネット上で「これが、木の実の中でいちばん美しいんじゃないか」という話になって。でも、実物は見たことがないし、原産地の中南米に行く機会もない。そうしたら、3,4年前に海外の木の実屋の人からこの写真が送られてきて。それがね、また荒れた写真でよくわからなくて。自分もおばちゃんも英語はロクにできなくて詳しい話は聞けないから、とりあえず10個送ってもらって届いたのがくだんの“いちばん美しい”木の実だったんですよ。もうびっくりして、あるだけ買いました。木の実は買える時に買っておかないと、次はもう手に入らないかもしれない。実際、そのルートからはそれっきり入ってこない。

 

池上:ルートができても、もう1回手に入るとは限らない。

 

小林:そうです。このライオンゴロシも仕入れ先の会社がなくなったので、1回まとまって仕入れてそれっきり入ってこない。需要はあるんだから他の会社に引き継げばいいのに、不思議なことにやらないんだよね。

木の実が商売になるとはあまり知られてないので、海外に繋がりのある人や会社があるとダメもとで声かけてます。タマにやってくれる人がいる。

 

池上:日本で買える木の実もあるんですか?

 

小林:こういう木の実を輸入している会社はあります。あとは、花市場にも最近けっこうあるんですよ。キワモノ的な扱いで。日本中の花市場で仕入れたら、けっこう集まるんじゃないかな。

 

池上:木の実の輸入は厳しくないんですか?

 

小林:検疫は通さないとダメ。輸出国に戻されるか、焼却処分されてしまいます。輸出国の担当省庁の許可証さえ取れればだいじょうぶですよ。

 

池上:ちなみに、小林さんいちおしの木の実ってあるんですか?

 

小林:いちおしは……それ、すごい聞かれる(笑)。

 

池上:すみません(笑)。

 

小林:さっきお話したこのかぼちゃみたいな実かな。これ、なんとお値段3000円ですよ。売り出した時は、マニアの人から怒られたんですよ。2万円くらいつけてもいいんじゃないかって。

 

スナバコの木の名前の由来は、昔使われていた、インクに浸したペン先の余分なインクを吸い取らせるための砂の入れ物とのこと

 

池上:この木の実のお名前はなんでしたっけ?

 

小林:「スナバコの木」。英語で「サンドボックス・ツリー」と言います。しかも爆発するから、別名が「ダイナマイト・ツリー」。極端に乾燥すると爆発するみたいです。最近は別のルートからも入るようになったんですが、うちの暖房機の前に箱ごと転がしておいたら爆発してしまって。ものすごい音がしました。

 

木の実図鑑ができあがるまで

 

会場からも「現地に行くことはありますか?」「松ぼっくりのジャムを教わったことは?」「海外の木の実をカバンに詰めて入国するのは?」など、さまざまな質問が飛び出した

 

池上:本を出すことになったきっかけは?

 

小林:声をかけてくれたのは森下の販売会に来てくれた山田さん。会計が終わったあとに名刺を渡されて「本を出す気はないですか?」と言われたんです。山田さんは装丁家が本業だから「出版社をいくつか知っているので、紹介します」と言ってくれて。それが紹介だけでは終わらなくて、結局山田さんが写真を撮ってくれることになりました。さらに、自分だけだと専門的な知識がなくて不安なので、前々から色々と教えてもらっていた山東智紀さんに入ってもらいました。

 

池上:山東さんも共著でクレジットされていますね。

 

小林:ジャム屋のホームページで木の実を売りはじめた時、自分は雑貨感覚でやっていたから、植物学的には間違いも多かったんですね。それを山東さんが指摘して教えてくれていたんですよ。購入もしてくれていました。山東さんは大学で植物を研究していた人で、知識が豊富なんです。それでネット上でやりとりしていて、自分もタイに会いにいったりと交流するようになって今に至ります。

 

池上:本づくりはどうでしたか?

 

小林:自分と山東さんはマニアよりの視点、山田さんはビジュアル、編集者はトータルで、とそれぞれ視点が違うので、図鑑に載せる木の実を選ぶのにすごく時間がかかったんです。さらに編集者以外、全員本業ではない。山東さんはタイで働いていて、山田さんは装丁家、自分はジャム屋。おまけに、山東さんはタイ、山田さんは東京、編集者は大阪で、自分は軽井沢と拠点も見事にバラバラ。一堂に会して現物を見ながら選べれば早かったのかもしれないけれど、やりとりは全部ネット上だったから。

 

池上:その状況で、どうやって取り上げる木の実を選んだんですか?

 

小林:自分と山東さんはだいたい足並みそろって、そこに山田さんからのレイアウト的な視点が入って「これとこれは見た目がほとんど同じだからいらないんじゃないか」みたいな。「でもこれが一般書に載るのは大きいんですよ」なんて言って、編集者の方が落としどころ探っていく、という感じでした。バオバブも、東京農業大学の進化生物学研究所が全種持っていて撮影も終わってたんですけど、全部は載せられなかった。

他にもレイアウトの都合や各章のボリュームのバランス、学名がはっきりしない、どの章に入れるかなど色々な兼ね合いでだいぶ時間がかかりました。

 

池上:バオバブ以外に、強く推したけど載らなかった木の実はあるんですか?

 

小林:自分が根に持っているのは(笑)、カカオの実。かっこよくないですか? しかもふだんみんなが食べているチョコレートの元がこれという驚きがあるし、小林商会の初期から扱っていたのでぜひ載せたかったんだけど、「これ、ただのラグビーボールでしょ」みたいな感じで簡単に消え去りました。

 

カカオの実

 

池上:仲間がいなかったというか、ページがつくりにくかったということもあるんですかね。

 

小林:それもあります。この本は「あつまる」「ひろがる」「かたちづくる」の3部構成になっています。この分類も、山東さんと自分は「そんなの図鑑らしく学名のアルファベット順か、和名のあいうえお順でいいだろう」と簡単に考えてたんだけど、山田さんと編集の人が「それだと読みづらいので、分類しないといけません」と言って、結局分類に足掛け2年位かかってしまいました

だけどね、できあがってみて、分類した意味がよくわかりましたよ。ただ並んでいるだけだと、マニア以外にはたしかに読みづらい。深く納得しました。

 

池上:他に大変だったことはありますか?

 

小林:当初、ライトな本にしようということで進めていたんですよ。文章多いと大変じゃない? ファクトチェックも大変になるし。それが、編集会議にかけたら上層部が盛り上がって、「やるならがっつりしたものをつくれ」と話がでかくなっちゃったんですよ。困っていたんですけど、編集者以外の3人はライト路線推しだったので、最終的にはそっちに軌道修正されました。

 

池上:文章は小林さんも書かれたんですか?

 

小林:企画が始まって2年目の冬あたりに時間ができたので、仕事以外は1ヵ月位ずっと書いてました。その当時はまだ、個々の説明も出版されたものよりも長めの文章量で、もの凄い時間かかって1日に2つくらいしか書けない。調べてる間に横道に逸れたり、更に謎がでてきたり。でも調べ始めたら面白いし勉強になりました。

その冬の間に確か100個位書いたうちに春がきて、仕事が忙しくなってきたので自分は中断。

そこから自分はやたらと忙しくなってしまって全然できなかったんですが、最終的に出版の1年位前から山東さんが猛烈な勢いで書いて仕上げてくれたので、文章は山東さんに負うところが大きいです。

 

池上:おすすめの種本はありますか。

 

小林:これも名著ですよ。(と、手にしていた『種子のデザイン―旅するかたち』を指す)ちょうど自分が木の実販売会を始めた頃にこの本の出版と展示があったので、「木の実、来た!」と思ったのを覚えてます。

今回本を出す時には、超マニアな人がこつこつ集めて実は出版社と話を進めていて先を越されるんじゃないか、ということは少し危惧していました。あとは、海外での出版。3年くらい前にイギリスのキュー植物園監修の種の本がでて、山東さんに教えてもらったので、すぐ買ってみたら、「木の実」というより「種(タネ)」の本でした。こっちの企画が半分くらい進んでいたところだったので、同じ切り口の本かと思ってちょっと焦りました。

 

『種子のデザイン―旅するかたち(LIXIL BOOKLET)』(LIXIL出版)著:岡本素治他 編集:LIXILギャラリー企画委員会他 イラスト:上路ナオ子 写真:佐治康生

 

池上:今回木の実を販売させてもらって、1日目に72個も売れたんです。正直そんなに売れるとは思っていなかったので、びっくりしました。

 

小林:売っている本人にもよくわからないですね。こういうものは、行き渡ってしまえばいずれ売れなくなるんじゃないかといつも心配してます。といっても他にやってる人もいないので細々でも続けられるといいなと。だから、色々声はかえてもらうんですが、忙しいのもあってあんまりでないようにしてます。江頭2:50方式です。自分、江頭が好きで、たまにテレビに出てくると嬉しい。友だちが「江頭は、飽きられないようにあえて出ないようにしているらしい」って教えてくれて「これだ!」と(笑)。細く長くです。

 

 

 

『世界のふしぎな木の実図鑑』(創元社)

著:小林智洋、山東智紀 写真:山田英春

 

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書籍に、「ジャムこばやし」から購入した本に出てくる300円相当の木の実と、ポストカード1枚がついたセットです

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撮影=篠原幸宏 

写真提供=小林智洋(写真3枚目、7枚目)

 

written by くりもときょうこ

大分県生まれ。総合出版社で編集者として14年間、青年誌・女性誌・男性週刊誌・児童書と脈絡のないキャリアを経たのち、信州に移住して雑食系フリーランス編集者・ライターに。こんなに楽しいならさっさと会社員を辞めればよかったと思う移住6年目。

posted by ikegami.sachie

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