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2017-01-05

パタゴニアの「素顔」と出会う

前回の中村大樹によるプロローグ「本と僕らの、旅のはじまり」に続き、 vol.1 からは、いよいよ旅が始まります。

2015年3月30日夕方。アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスから自動車を走らせ、一行はその翌日に訪問するパタゴニア本社のある都市、ベンチュラへと向かっていました。一行とは代表取締役の中村大樹、取締役の中村和義、鳥居希、そして社外取締役の内沼晋太郎らバリューブックスの面々です。

 

【傷だらけの社員、素っ気ない社屋、その素顔に嘘はなかった】

 

チッパー・’ブロ’・ベル。パタゴニア本社のフロントで20年以上も来訪者を迎えてきたという。

パタゴニア本社を案内してくれるのは、チッパー・’ブロ’・ベル。彼からバリューブックスに、素敵な発言が飛び出しました。

 

鳥居:日本からパタゴニアに連絡を取ったときは「当日、イヴォンはいるか分からない」と言われていたんです。だから訪問したときに、チッパーから「今日はイヴォンがオフィスにいるよ。後で会えるかもね」と言われた時にはワクワクしましたね。

 

イヴォンとは、パタゴニアの創業者であり、世界各国で翻訳された『レスポンシブル・カンパニー』の著者であるイヴォン・シュイナード。バリューブックス一行は、イヴォンと創業の地で会えるかもしれないという、とてもラッキーなタイミングでパタゴニアを訪問することができたのです。

一行は社内を見て歩きながら、本の中で見たパタゴニアの風景に出会っていきました。まず目に留まったのは、サーフボードでした。

パタゴニア本社のすぐ近くには、サーフィンのスポット「Surfers’ Point at Seaside Park」がある。

中村:実際に行ってみて、サーフィンをしている社員がどんな人なのかが分かったのが面白かったですね。たとえば社員の多くはやはりパタゴニアを着ていて、とても大柄だった。中には、見ているこらちが不安になるほどに大きな怪我をしている人もいる。パタゴニアが身も心もアウトドアマンの会社であることが伝わってきましたね。

 

そもそも、なぜ会社にサーフボードが置いてあるのでしょうか? イヴォンの著書『社員をサーフィンに行かせよう』に詳しいのですが、パタゴニアはたとえ勤務時間であろうと、いつでも社員がサーフィンに行くことができる会社なのです。このパタゴニアのサーフィン文化こそ、彼らの「フレックスタイム」と「ジョブシェアリング」への考え方を端的に表しています。いつでもサーフィンに行けるとはいっても、会社はチームワークです。サーフィンに行くためには、社員それぞれが自分の仕事に対し、自分で意思決定を下さなければならないのです。
たとえば仕事仲間に迷惑をかけず、きちんと仕事をこなせていなければ、いい波が来ていてもサーフィンに行けません。サーフィンに行くためには、どのように仕事を進めるかを自分で決めて実行することが求められるのです。その結果として責任感が養われ、仕事への効率性が上がります。おまけに、いついい波が来るか分からないサーフィンと仕事を両立することで融通性も高まり、さらには留守中は電話の番などを別の社員が行うため、社員間の協調性も高まるといいます。これがパタゴニアの企業文化をつくっているのです。

 

内沼: 社屋のあり方にも、姿勢が表れています。驚くほどに内装が地味なんです(笑)。
「本当にアパレルブランドなのか?」なんて思ってしまうほどに飾り気がない。特に顕著だったのは食堂です。壁も床も照明にも何のこだわりも見られないし、机や椅子にも統一感がまるで無い。きっといろんなところから集められたリサイクル品なんでしょう。装うのではなく、余計なことを何もしないことがパタゴニアらしさなんだ、ということがわかりました。
そんな食堂で、僕達はランチを食べた。しかしランチにはストイックさはなく、むしろ豪華といっていい。ブッフェ形式で、地元のオーガニック野菜から肉料理までが揃う。午前中に外で焼いていたステーキが、そのまま並んでいた。こうした、本やメディアの情報に載っていない風景に出会えたのが楽しかったですね。

 

チッパー・ブロが言うには、オフィスの建物は「前に入っていた会社のものを、そのまま使ってるんだ」ということです。パタゴニアのオフィスは、あるものを使って、あるがままにつくることで生み出されていたのです。それはパタゴニアの環境への負荷を減らす、自然な社風を反映しているのかもしれません

 

中村:実際に目で見ながらパタゴニアに触れてみて、本に書かれていたことがなにも誇張されたことではなく、あるがままだということがよく分かった。それが僕なりに嬉しかったことでもありますね。

簡素な食堂に、豪勢な一皿。これがパタゴニアの食だ。

 

【いい会社とは、「知らぬ顔」をしない会社】

 

ツアーが終わると、一行の目の前に、白髪の男性が姿を現しました。その人こそパタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナードでした。

 

鳥居:私はかつてイヴォンに会ったことがあったので「前にお会いしたことがあるのですが、私のことを覚えていますか?」と話しかけてみたら、なんと彼は覚えていてくれました。とても嬉しかったですね。でも、「会えるかもしれない」とは聞いていたものの、突然の、そしてとても自然な形での登場に、「何から話そう?」と焦ってしまいました(笑)。

中村:全員、まさかあれがイヴォンか!? といった感じで、本当に何を話していいかわからなかったですね(笑)

 

イヴォンと話しながら案内されたのは、物置きのような、トタン屋根の小さな建物でした。お話は少し前後しますが、チッパーにツアーを始める前のガイダンスの際、「どこか見たいところはあるかい?」と聞かれた時、一行はパタゴニアの「創業の地」をリクエストしていたのです。

パタゴニアは自らが環境への負荷をどれだけ減らすことができたかを、企業としての自社を評価する指標としています。それゆえ、パタゴニアのある区画は、もともと家畜などを処理・解体する屠畜場・屠殺場として利用されていた場所を活用しています。一行は、普段はあまり人が入ることができないという創業の地である、小さなトタン小屋へと案内されました。

パタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナード。創業の地にて。

中村:イヴォンと雑談をするうちに、「最近はどんな本を読んでるの?」という話になり、「かんてんぱぱ」でおなじみの「伊那食品工業」の名前が出たときは驚きました。

 

伊那食品工業は「いい会社をつくりましょう」を社是とし、終身雇用と年功賃金による人事制度を持ち、寒天をつかった革新的な商品で堅実な成長を実現してきた会社です。

 

イヴォン:悲しいことだがアメリカにはいい会社が少ない。アメリカの会社はどうしても利益を重視しがちだ。しかし、今のアメリカの若い世代の中には、社会的責任を果たそうとする企業を求めはじめている人もいる。人々の購買行動にも社会的責任への意識が芽生え始めている。君たちも、ぜひ社会的な責任意識をつくっていけるような、いい会社になってほしいね。これからの世界には君たちみたいな会社が必要なんだ。

 

パタゴニアの業種自体はアパレルメーカーです。産業におけるメーカーの“持ち場”は基本的には製品を製造すること。そして多くのメーカーは、それ以外の持ち場については「知らぬ顔」をしていてもいい、と考えます。しかしパタゴニアはメーカーだからといって「つくって終わり」とは決して言わない。販売された後のユーザーの手元で製品がどのように使われているか、つまり製品のリユースやリサイクルが行われている現場で何が起こっているのか、さらには地球環境にまで気を配り、印象的な実践を重ねてきました。パタゴニアはユーザーにも、社会にも、さらには地球にも、決して「知らぬ顔」をしない会社なのです。

 

中村:「これからの世界には君たちみたいな会社が必要なんだ」という言葉は嬉しかったですよね。

内沼:きっとイヴォンには、今のアメリカの典型的な企業に共感ができないという前提があるんでしょうね。小さいけれど、いい会社になろうとする理想を持って経営している日本の企業に、彼がある種の希望を見出しているという印象を受けました。

中村:僕らはメーカーではないけれど、パタゴニアのように「知らぬ顔」をしないという姿勢が単純にいいなと思いますね。彼らは時代が変わる中でも考え続け、ユーザーにはもちろん、自分たちにも、決して知らぬ顔をしない。その感覚こそがすばらしいと感じました。

内沼:ちなみに、バリューブックスにも創業の地があるんですよね。上田には創業時に使われていた倉庫が今もある。いつかはバリューブックスも「創業の倉庫を見せてくれ」って誰かに言われるかもしれないですよ。今からちゃんときれいにしておかないと(笑)。

チッパーが「You are two of visionary leaders!(2人のビジョナリーリーダーが居る)」と撮影した思い出の一枚。

 

【本のエコシステムをつくるために、出版業界にも「いい会社」が必要だ】

 

内沼:パタゴニアは小さな会社だけれど、自分たちの生産する製品、製品を受け取る人、さらに製品の生産と廃棄が影響を与える地球環境までのサイクルを想像した上で独自のエコシステムをつくり、企業としての責任を果たそうとしている。業種は違うけれど、バリューブックスが本の世界でやろうとしていることは、出版、販売からリユースまでの本のサイクルをつくって、出版社も、書店も、古本屋も、みんなで動かしていこうっていうことなんですよね。

 

本も、つくって世に出したら終わりではありません。出版社によって世に出された後、いろんな人が読み、どこかの古本屋に買い取られて、また違う人に売られ、人の間をぐるぐる“回る”。しかし、今の出版産業の構造は、本を生み出す役割を担う出版社と、世の中に流通させる新刊書店、そして再流通させる古本屋の役割は分業され、ほとんど協調していません。エコシステムとしては未成熟なのです。バリューブックスは今、古本屋の機能を、出版社の「リユース機能」として活用できるような仕組みをつくっていきたいと考え、推進しています。最初の試みとして、まずはバリューブックスでのリユース率が高く、廃棄率が低い出版社の本をバリューブックスが買い取って販売したときに、売り上げの一部をその出版社に還元するということから始めていこうと考えています。

 

中村:メーカーである出版社が、リユースの機能も持って社会に存在できるようになれば、出版社と古本屋が、ともに本づくりへの社会的責任を果たしてゆく第一歩になる。これが古本屋である僕たちの目指す「いい会社」像だったりするのかな。

 

 

森旭彦|AKIHICO MORI

ライター・ジャーナリスト。サイエンス、テクノロジー、スタートアップに関心があり、さまざまなメディアで執筆する。また、書籍の構成ライターとして、成毛眞著『面白い本』『もっと面白い本』などに関わっている。
http://www.morry.mobi/

posted by valuebooks

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